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新しい生き方

東京も梅雨が明けるまでまだまだ。

低気圧の影響か、ただのぐーたらか、

この1週間、異常なほどに身体が怠くて

何もやる気が出ない。

このブログを書くのも、

何日も前から書こうと思いながら時間は過ぎてしまった。

たった今も、さぁ!書くぞ!と決意したのに、

手が自然とPCの無料配信テレビ番組をクリックし、

私の大好きな「孤独のグルメ」を見てしまった。

孤独のグルメを見ながら、いつも、

「うぁ~~~、美味しそ!!! 

そうそう、この食べ方、これでなきゃ!」

などと、PC画面に向かって叫び、

井の頭五郎さんの咀嚼に見とれ、

松重豊さんご自身の解説に聞き惚れてしまう。

好きだなぁ、この番組!

と、今はこれは置いといて、、、、



コロナ自粛が始まってから、

すっかり自分の生き方が変わってしまったのを

特に最近になって痛感している。

コロナ前まで、一分一秒も惜しんで、

常にその時その時にある、自分のやるべき事に

全力投球してきた。

コロナ前までなんかじゃなくて、

それこそ、仕事とフラメンコを始めてからの、

ずーっとの人生でだ。

家のソファでさえ、一日30分も座ることが出来たら、

自分で感動していたくらいだ。

寝る時間以外、とにかくいつも忙しかった。

でも、コロナ自粛が始まって仕事がストップし、

自分の意志だけで、24時間を自由に扱える、

そんな生活が始まってから、

ガラリとものの考え方が変わった。



まず、踊りについて。

コロナ前までは、クラス指導と並行して、

常に、次に迫ってくるステージのための

練習や振り付けに追われていたのが、

パッタリと、とにかくゼロになった。

こんな事は長い舞踊人生で初めてだ。

おまけに、もしライブの仕事が入っても、

コロナ感染者増大の状況のなか、

狭い空間で踊ること、集客が出来ないこと、

などを考えると、気が引けてしまう。

さらに、、、

今の時代のライブの仕事は、

全盛期の乗りに乗った踊り手たちの

出演が求められているので、

高齢の枠に入っている私の出番は少ない。

もちろん自分としてはバリバリに踊る

体力と気力はバッチリあるけれど、

世の中の自然な流れで、

旬の人たちが中心になるのは当前のこと。

こういうことも素直に受け入れられ、

私が踊りたい時、何かを発したい時は、

自分で小さな機会と場を作ればいい、

と思うようになった。

コロナを境に、

今まで轟々と勢いよく流れていた水が、

コロナダムによって、一時せき止められ、

再び、ダムから勢いよく放流される、

のではなく、

ダムからつながる、別の細い水路の方に

自然と水が誘導されていき、

その水路から、ゆっくり、少しずつ、

水が流されていく、、、

今の私はそんな感じがする。

「時代とはそういうもの」

最近、しみじみと感じている。

でも、自分の心にはもちろん、

フラメンコと、フラメンコを通じて

何かを発したい、という強い想いは

常にあるので、時が来たら、

必ず、爆発させたいと思っている。



そして、生活の変化。

仕事がこんな調子だから、

クラス指導の仕事が終わると、

今まで経験したことのないほどの

自由な時間が増えてしまったのだ。

今までの日常の生活で、

ゆ~っくりと座って

ゆ~っくりとお茶して、

寝転んでテレビやDVDを見て、

なぁんて、ウソでなく、

そういうことをやった記憶が、

何十年に数回、というくらいの私に、

こういう事を出来るような自由時間が

初めて訪れたのだ!

しかし、常に動いていないとダメ、

何かをしていないと罪悪感を感じる、

という性格なので、

6月に入って仕事が始まり、

残りの時間をゆっくり過ごすなんて、

自分に対する罪悪感との闘いだった。

でも、これも段々と受け入れられるようになり、

もちろん全部の時間を、

ゆ~っくり、ぐーたら過ごすわけじゃなく、

有意義に、充実した自由時間を過ごす、

そんなことが出来るようになってきた。


「今までの人生、死ぬほど働いてきたんだから、

今はゆっくり過ごしたっていいじゃない」

と、自分に強制的に言い聞かせてきたのが、

やっと受け入れられるようになった。

次回のブログで、この有意義な時間の過ごし方、

の一つを書きたいと思う。

これについて日々、研究中なのでありま~す。

このブログを読んでくださっている皆さん、

コロナを境に、

「生活環境」ではなく「生き方」

が変わった方はいらっしゃいますか?


それにしても、ネットの無料配信で、

こ~んなにたくさんの番組をいっぱい見れて

面白いって、初めて知りました!

ドはまり!

私、、、恥ずかしいことに (/ω\)

ツタヤでDVD借りた経験がなく、

アマゾンプライムとか、

ネットフリックスとかで

見たい番組や映画を見た経験も

全くないんです💧 

             
7月29日


# by amicielo33 | 2020-07-29 21:24  

「お年寄りが転んだのを見かけたら」

梅雨が終わってほしいなぁ~

太陽と抜けるような青空が懐かしいなぁ~

と思ったけど、

近年の夏は、病気になりそうなくらい

異常な暑さの日々が続くんだっけ、

と思うと真夏の到来にゾッとする。

もはや、健康的な夏は失われてしまった。

おまけにコロナも参加し、

猛暑、コロナ感染、マスク、湿気、

と想像するだけで、うんざりする。



と、ここで話題を変えて、、、

私は、ご老人が道で転んでしまった、

という時に、居合わす機会が、

なぜかとても多いのだ。

「お年寄りが転んだら」という事に

なぜか常に私は恐怖を抱いていて、

毎日、道でお見かけする、足元がやや、

危なっかしいご老人を見るたびに、

あ~~~、転んだらどうしよう!

と、ハラハラしてしまうのだ。

だから、こういう不安な気持ちが

お年寄りが転ぶ場面に遭う瞬間を

引き寄せてしまうのかもしれない。



今年に入ってからも、すでに4回、

道で転倒して起きられないご老人の

お手伝いをした。

それで、このような経験から学んだことを

このブログを読んでくださっている皆様に

お伝えして、もし、道でお年寄りが転んだのを

見かけた場合に、ぜひこのブログを

思い出して参考にしていただけたら、

と思っている。



ご老人が転んだとき、

お元気な方は気丈にふるまうけれど、

普通、大きなショックを受ける。

なので、まずは、転んだ方の

目線と同じ高さまで、自分がしゃがんで、

目と目を合わせて、

優しくハッキリと、大丈夫ですか?と

まず声をかけてあげてください。

同じ高さで目と目があうと、

転んだ方は、我に返って、

返答するか、少し安心する場合もあります。



もし、すごく痛がっていたり、

顔面が蒼白になったり、見たからに

異常を感じたら、すぐに救急車を呼ぶとして、

そうでない、普通に転んだ場合は、

必ず自分もしゃがんで、声掛けの後、

正面か横から、片方の腕は、

お年寄りの背中と腰をしっかりと持って、

もう片方の腕で、お尻を上に

持ち上げるようにして

ゆっくりと起こしてあげてください。

やってはいけない事は、

自分が立ったまま、正面から

お年寄りの両腕をつかんで

引っ張って起こそうとするのはダメ。

必ず、背中に手をまわして

腰・お尻から起こしてあげてください。



それから、一挙に立たせるのではなく、

低い椅子くらいの高さの場所を見つけて、

一度座らせてあげてください。

座ってから、少しでも会話すると、

どこに行こうとしていたのか、とか

どう転んだか、など話してくださり、

転んだ時の様子もわかり、

ご本人も落ち着いてくるので、

それから、行こうとしていた場所まで

このまま続けて歩いていけるか、

もしくは、

一緒に歩いて行ってあげたらいいか、

などがわかってきます。



この前は、お婆さんが転んだ瞬間に

ちょうど自転車で私が通りかかり、

上記に書いた通りの手順で

近くの花壇に座ってもらった時に、

その様子を見ていた、近くの工事現場の

男性2人が近づいてきてくれて、

なんやかんや話した後、最終的に、

1人はお婆さんの買い物袋を持って、

もう1人はお婆さんをおんぶして、

近くのお家まで連れて行ってくれた。

「オバアちゃん、おんぶしてやろか」と、

工事現場の男性が言ったとき、

日本の男もたまには優しい事を言うじゃん、

と、すこし嬉しくなった。



それと先月、また私が自転車に

乗っている時に居合わせたケース。

車椅子に乗った男性のご老人が、

道で車椅子から落ちて、立ち上がれなく

なっている時に、私が通りかかった。

この時は、近くにいた方達と4人で

重いご老人を起こして、車椅子に座らせた。

そのご老人のお話を聞くと、

住んでいる場所も、話す内容もトンチンカン。

お身体は元気なので、車椅子に乗ったまま、

一人で家から出てしまい、道に迷って、

何か思って、立ち上がろうとしたのか、

車椅子から落ちてしまったようだ。

認知症であることは直ぐにわかったので、

一緒に助けた人たちに、

ご老人の見張り番をお願いして、

私は自転車ですっ飛んで交番に行った。

すると、若い警察も自転車で一緒にすっ飛んで

現場に向かってくれ、

「あとは、こちらにお任せください」と言う。

見た目は、ほっそい、子供みたいな警察だけど

ク~~ッ!頼もしくてカッコいいじゃん!

と言いたかったけど言わないで

安心してその場を去った。


ということで、もし転んだり、

道に迷ったご老人が、

認知症であるとわかった場合は、

直ぐに近くの交番に行けばいい、と

また一つ、学ぶことが出来ました。



何よりも、

10メートル先でも、もし転んだ人を見たら、

あ、転んだ、、、と思うだけではなく、

まずは、急いで転んだ人のところに

行ってください。

それで、もし見るからにアホ、危険人物

の場合は見過ごして、

それ以外は、大丈夫ですか?と、まずは

声をかけてあげてくださいね。



と、偉そうにこのような事を書いているが、

スペインに留学する前の私は、

10m先の道で転んだ人を見ても、

大丈夫かな~、ケガしてないかな~と、

思うだけの人間だったのです。

でも、スペインに住み始めてから、

スペインの人たちの、

家族に話しかけるのと同じように、

親切に、そして気楽に、

『道で困った人を見かけたら、直ぐに助ける』、

という素晴らしい習慣を目の当たりにして、

私は心から、今までの自分を反省したのです。


ということで、

道で転んだご老人を見かけた時、

どうぞこのブログの内容を思い出して

1つでも役立てていただければ嬉しいです。

                  7月13日


# by amicielo33 | 2020-07-13 21:00  

バイトの話の続き

いきなり本題に入るけど、

特に2つ、思い出深いのがあり、

それは国際モーターショーでの出来事。

私の担当は、アメリカの大統領を乗せる、

リンカーン・コンチネンタルなんたら、

という、実に重々しく超豪華な大統領専用車。

例によって、グンと高いお立ち台の上で、

この車のナレーションをしていた時のことだ。


私の足元で、

「オイ、、よう、、、ねぇさん、オイ」

という、ここでは場違いな、お下品な言葉が。

私はしゃべりを止めて、そのオトコを見た。

私が、視線をそのオトコに持っていったことで、

私のナレーションを聞いていたお客様たちも

いっせいにそのオトコを見た、

その瞬間、

「あっ!ヤクザだ!」

と、全員の無言の心の叫びが。。。

雰囲気で、一目でヤクザとわかったのだ。

その瞬間、スンッと冷たい空気が流れ、

まるで誰かが合図を出したかのように、

そのヤクザ男の周りにいたお客全員が、

ススススッと1メートルほど後ずさりをした。

お立ち台の私 対 ヤクザ男

その周りに不思議に空いた空間と観客たち。

空気が止まり、しーーーーん となった。

すると、そのヤクザ男、


「ネェさん、もし、38口径のタマで撃ったら

ガラスは貫通すんの? 

確実に始末したい場合、何口径ならイイわけ?」


などと聞くではないか。

いかん、ここでオドオドしたらコイツの思うつぼ。

オレはヤクザだぞと、くだらん見栄を張りたいだけ。

私は満面の笑顔で、

「今、ヤナセの係りの者がお答えいたします」
(輸入車を扱う大手専門会社のYANASE)


と、近くでスタンバイしていたヤナセの専門家に

横目とわずかな会釈でサインを送り、

あうんの呼吸でヤナセの男性がスッと入る。

ヤナセ男はヤクザ男に対し、

「こちらのガラスの厚さは5センチあり、

38口径ほどの銃で撃ちこんできても

必ず弾は止まるようになっております」

と、実に爽やかに返答。


私は、”ガラス5センチの厚さ” など知らず

ヤクザ男の存在も忘れて、感激して

へぇぇぇぇぇぇぇ!!!とお立ち台で叫んだ。

取り囲む観客たちも、

大統領暗殺を防ぐために、

ガラスがこれほど厚いとは知らず、

”おお、、” と、どよめきが起こった。

とにかく、ヤクザがいるだけで実に迷惑なので、

ヤナセ男は、「この件に関しては、

こちらで詳しくご説明いたします」と言い、

実にスムーズな誘導でヤクザ男を移動させた。

さすがぁ~~!と感心してしまったが、

現に、ヤクザ界ではこういう車を必要とする

陰の社会を生々しく感じた出来事だった。



それともう一つ(笑)。

これも同じ大統領車のナレーションの時。

お立ち台に上がり、とりまくお客様たちに

ゆっくりと一礼をして

「ではこれから、大統領車専用の、

リンカーン・コンチネンタル△×〇@ のご説明を

させていただきます」と言い終わった瞬間、

とある方と、バチーッ!と目と目が合ったのだ。


それは、テレビ「古畑任三郎」でおなじみの、

俳優の「田村正和さん」。

私の目の前で、キラッキラにオーラを放って

私をジーーーッと見ているではないか。

あの頃、彼は本当にメチャメチャ素敵だった。


田村正和さんの視線によって私は、

「 (◎_◎;)・・・・」


目と目が合ったまま、


「 (◎_◎;)・・・・」



あ!説明せねば!(゚Д゚;)

と我に返ったんだけど

セリフが頭に浮かばない。

取り巻くお客様全員の、何百という目玉が、

私の顔面蒼白フリーズ状態にくぎ付け。

田村正和さんはそれを見て、微妙なニヤニヤ。


その後、数秒間ずっと固まり続け、

しかし、一文字すら浮かばないので

もーダメ!と思い、

「これで、終了させていただきますっ!」

と、強制終了してお立ち台から飛び降りた。

お客さま全員、あ・ぜ・ん・・・。



その後、私はどのように行動したのか

全く記憶にない。

また戻って、一から説明をしたのかなぁ。

田村正和さん、どう思ったんだろぅ。。。

結局、このコンパニオンの仕事は、

2年弱くらいでやめたと思う。

お金は稼げたけれど、

イベント期間が不規則で、

特に、原稿の暗記が大変で、

その間、仕事もフラメンコも全て

犠牲にして休まないと覚えられない。

それじゃぁ本末転倒。

さらに、一緒に働いた仲間たちは

ブランド品・化粧品・六本木・男

を中心にして生きているので、

フラメンコ~!と騒ぎながら

野山で動物を追っかけて喜んでる私と

180度、生き方、価値観、感性が違い、

話が全く合わないので、

良い人たちなのだけど、付き合えず

私にはとても居心地が悪かった。


そしてそして、一番の目的だった、

熱愛していた片思いの彼が、

私の晴れ姿の写真を見てくれたかどうか、

実は、ま~~ったく記憶にないのだ。

「地獄のナレーション記憶と

ヤクザ男 & 田村正和さん」

この3つが、強烈に記憶に焼き付いて

他の思い出を消してしまったようだ。



ということで、

こんな仕事をした、若き時代を、

懐かしく思い出している今日この頃であります。

今のこの、日々記憶が薄れていく我が脳ミソ。

暗記なんて、もう絶対にムリ!

”若い” ってこういう事なんだろうナ。

              7月1日


# by amicielo33 | 2020-07-01 20:59  

またまたバイトの話し

前回の、巫女さんのバイトの巻のブログが

どういうわけか、生徒たちに受け、

「せんせ~い、もう笑っちゃいましたよ~」と。

こういうことを言ってもらうと、

即、私は調子に乗るタイプなので、

ほんじゃぁもういっちょ!と、書きますが、

今回のはそれほど可笑しくはないので

期待はしないくださいまし。

でも、これも私にとって一生忘れられない

バイトの話なので書きま~す。

でも、過去のブログで書いた気もするのだけど、

なんせ、物忘れが激しい上に、

いつ書いたかを探すのは超めんどくさいので、

また同じのを読むの?とイラっとした方、

ど~ぞお許しください。



さて、このバイトというのが、

コンパニオンの仕事なのだ。

コンパニオンと言えば、ニコニコした

濃い化粧の美人のオネエチャンが、

物品の横でポーズを取って立ってる仕事、

もしくは、高級なパーティーの席で

オッサンたちのお話相手になる

というイメージがあると思うが、

ぜ~~んぜん違う。

私のしたコンパニオンの仕事は、

東京モーターショー、

それをきっかけに、国際外車ショーや

国際ヨットショー、そしてコンピューターの

ショーなど、これらを文字で読むと、

エラく華々しい仕事と思われるはず。

ところがどっこい! 


と、コンパニオンの話に入る前に、

なぜ、私がこの仕事をしたかというと、

当時、私が死ぬほど片思いをしていた彼氏は

常に仕事で地方を移動していて

めったに会える機会がなかったので、

このような仕事をすれば、

マスコミが取り上げる際、必ず写真が

新聞や専門雑誌に掲載される。

そうしたら私もチラリと写るチャンスがあり

大好きな彼に私の姿を見てもらえるかも!

と、数パーセントの期待にすがり付いていたのだ。

今じゃあり得ない、若き日の激しい恋心。。。

それと、お給料が抜群に良かったから。

フラメンコのレッスン代を稼ぐには

最高にありがたい仕事だったのだ。



だが!!!

現実は決して甘くはなかったのデス。

それだけのお金を稼ぐには

実に辛くて、実にハードな訓練と勉強の日々があった。

ただ車の横でニッコリ立っていてお金をもらえる、

なぁ~~~んて、まさか。

例えば、東京モーターショーの場合、

6ヵ月の間、エンジンから車の性能すべての

専門知識を徹底的に勉強し、一般のお客様にはもちろん、

モーターショーのコンパニオンを困らせたい

車のオタクたちによる、イジワルな超専門的な質問にも

一応、何なく返答や説明が出来るように

とにかく徹底的に勉強させられた。

もちろん、接客マナーも話し方も、

一流の講師による徹底教育の毎日。

モーターショー開催の日を目指して、

朝から夕方まで詰め込みで勉強。

それでも、訓練の終了と同時に、

ダッシュで仕事場かスタジオに戻り、

夜は、エアロビクスとフラメンコ舞踊団の練習。
(その時は巫女さんはさすがに。。。)

あの時代は、睡眠時間が4時間弱だったけど、

なんせ若くて、愛と希望に燃えていたから(笑)

どんなに疲れようが、寝不足だろうが、

へとも思わなかった。



こういう厳しい訓練を経て、

晴れて本番のショーが10日間ほど開催される。

東京・晴海の広大な会場の中、

顔がつるほど愛想笑いをしながら、

ノンストップでお客様に新車の説明をし、

オタクたちはカメラでたくさんのコンパニオンの

写真を撮るのが大好きなので

そのお相手を次から次へとさせられる。

そしてナレーションの時間が来ると、

高いお立ち台の上で、眩しいほどに輝く

新車の横に立ち、何百人という車愛好家の前で

新車のナレーションをするのだ。

東京モーターショーの場合、6ヵ月の訓練と共に

ナレーションも時間をかけて練習をしたけど、

その後、国際モーターショーや何とかショーでは

ナレーション原稿は、確か1週間前にドンと渡され、

最低30ページはあるナレーション原稿を完全暗記して

本番を務めなくてはいけない。

この分厚い原稿を受け取るたびに

ドッと全身から冷たい汗が流れ、

恐怖で思わず吐きそうになる。

即座に帰宅して自分の部屋にこもり、

それから毎日朝から夜中過ぎまで、

ひたすら、暗記、暗記、暗記。

1週間後には、爽やかな笑顔で、

そして商品を熟知したかのような説明を

何百人ものお客さんの前でスラスラと

話さねばならぬのだ。

過去一番、地獄だと思った原稿が、

富士通のコンピューターショー。

原稿用紙一面、完全な専門用語だけで、

唯一このアホな私がわかる言葉が、

「~は」「~を」「~が」などの格助詞だけ。

あ、それと「~~です」くらい。

それ以外は、生まれて初めて聞く外国語と同じで、

それが原稿用紙30枚はある。

このナレーションを、コンピュータ専門家たちの

黒山の人だかりを前に話すと想像しただけで、

冷汗が吹き出し、ウンコが飛び出しそうになり、

本番初日までの1週間は大ゲリの毎日。
(汚くてゴメン!)

正に地獄の暗記勝負の日々だった。

てなことで、色々なタイプのショーを担当すると、

面白い経験に出くわすので、

それは次回のブログに書きま~す。

                  6月29日

# by amicielo33 | 2020-06-29 17:46  

昔のアルバイト

スタジオから中野まで

徒歩13分くらいなので、

散歩がてら、中野に時々買い物に行く。

そして、中野駅前のシンボル的な三角形の建物、

”中野サンプラザ” が目に入るたびに

昔、このサンプラザで散々お世話になっていた

懐かしい時代を思い出す。

中野サンプラザは、地下にトレーニングジム、

1階は大コンサートホール、ボーリング場、

上はホテル、そしてレストランがあり、

さらに結婚式場まである。

そう、ここで私は、20歳台の6~7年間、

地下のトレーニングジムで仕事をしていた。

トレーナーをしながら、ご婦人たちを

対象とした美容体操クラスを担当し、

あの時代、アメリカから日本へエアロビクスが

入ってきたので、美容体操の内容から

エアロビクス指導者へと変化していった。

もちろん!この仕事も

「フラメンコのレッスン代」を稼ぐためだ。

エアロビクスのクラスを何クラスも受け持ち、

いつも1クラス、30~40人のご婦人たちに

乗りの良い曲をガンガン流しながら

有酸素運動と呼吸に少しの負荷をかける動き、

筋力アップ、柔軟性アップを練り込んだ内容を

日々、指導していたので、

あの時代は体が完全に体育会系の身体で、

バキバキに出来上がっていた。

リズムに合わせて腹筋のバリエーションを

やると、腹筋だけでも1クラスで150回ほどで、

1日3クラスやったら腹筋450回。

当然、その他の筋肉も同じにやらねばならぬ。

それを、ワン!ツー!スリー!フォー!なんて
(この英語のカウント、今は恥ずかしいなぁ)

マイクなしの地声でカウントしながら実演するので、

そりゃ筋力もバキバキにつく。

あんな体でフラメンコを踊っていたのだから、

踊りの質も、体育会系だったはず。

あ~~恥ずかしい!思い出したくもない!




その話は置いといて、、、

ある日、トレーニングジム課長が、

ハイレッグのエアロビクスの格好をしている

私に声をかけてきた。

「おい、カマタ、おまえ、巫女さんやるか?」

課長いわく、上の結婚式場の神前式の方で、

巫女さんのアルバイトを探しているとのこと。

こんな貴重な経験が出来るチャンスはめったにない!

てなことで、即答。

「課長! やるやるやる!やりまあ~す!」

それからは、地下のジムで汗ドロになって

エアロビクスをやり、終わるやいなや、

レオタードを脱ぎ捨ててエレベーターに乗り、

上の階の式場に走り込んで

巫女さんの着物に着替えて、

神聖なる結婚式のお手伝いをする、

という、実に変な仕事の組み合わせが始まった。



こう書くと、軽いノリでやってるみたいだけど

新郎新婦にとっては一生に一度の重要な式典、

二人の結婚式が無事に行われるよう、

巫女として、陰の力添えが出来るよう、

エアロビクスを直前までやってたヤンキー心を捨て、

大和撫子の、”清らかな緊張感” を持って、

一生懸命、心を込めて務めたのでござりまする。

新郎新婦が神前式場に入った時の姿は

神聖で、清らかで、初々しくて、、、

ああ、これから幸せになってほしい!

と、巫女の私が感極まっちゃって

毎回、泣きそうになってしまった。



式典の仕事をしていると、様々なことに出くわす。

よくあったのが、花嫁が極度の緊張と

重い着物&重い角隠しで全身が締め付けられ、

式場に入場した、その瞬間に

ゲロゲロ~!をやってしまうパターン。

心待ちしていた親族一同は凍り付く。

それよりも、何が凄いかって言うと、

ゲロ~!と、花嫁の口から液体が

飛び出した直後の展開。

その光景はまるでバレーボールの試合と同じ。

花嫁が、ゲロ液を口から放出したその瞬間!

”超高価な白無垢の花嫁の着物、

ゲロは死んでも付けさせませぬ!” と、

中野サンプラザの着物を着た2人の世話係が、

昔の「サインはV」の「X攻撃」(古い!)

のように、花嫁の胸元に、驚くべき速さで

左右からジャンプの飛び込み~~!!!

その瞬時に、左右から伸びた4本の手には

すでに雑巾が握られているではないか!

あ~~っ!あと1㎝でゲロが着物に!!!

という、正に、ギリッギリの瞬間に、

見事!!!ゲロをアタ~ック!!!

いや、レシ~ブ!!!

ホントに、一滴も白無垢にゲロを付けない

お見事な連係プレー。すげ~~~👏👏👏

そうそう、緊張で新郎が気を失うと時もある。



そのほか、可笑しくてよく覚えているのが、

神主さんが祝詞を挙げている時に、

神主さんの何かが、花嫁の家族の笑いのツボに

はまったのか、、、最初に花嫁の妹が笑い出し、

でも神聖な式典では笑っちゃいけないので、

死に物狂いで我慢。

その横で、花嫁の姉が、笑いをこらえている

妹につられて吹き出し、それにつられて、

花嫁の母親が吹き出し、

もうそうなったら笑いは止められない。

「笑っちゃいけない」と思えば思うほど、

彼女たちのツボを刺激し、

母姉妹の3人で顔を真っ赤にして全身を震わし、

顔クシャクシャ、涙ボロボロ、

たまに出てしまう、ンヒ~ッという

笑いを我慢するうなり声。

それでも神主さんは知らん顔で式を進め、

新婦はうろたえ、新郎は横目でにらみ、

新郎の家族は全員ドン引き。

もう、カオスのような結婚式。

ありゃホントに面白かったなぁ。

他にもたくさんあるけれど、

手が止まらなくなるのでここでストップ。



エアロビのレオタードを脱いで、

エレベーターに駆け込む私の姿を見て、

トレーニングジム課長が、

「カマタ~~、お前を見ていると、

現代の縮図を見ているようだ」

と、ニヤニヤしながらよく言ってたっけ。

巫女さんという貴重な体験。

一生忘れられませぬ。

               
              6月21日


# by amicielo33 | 2020-06-21 21:53