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今ある私の理由・・・

5日前、クラスが終わってから

競歩+ランニングをしに出たら

外はすでに暗くなっていて、

善福寺緑地帯の公園も外灯のないところは

かなり真っ暗け。

なので、元気に育っている木々の根っこの

凹凸が全然見えず、

思いっきり、つまづいて、

思いきっり、前につんのめって、

思いきっり、転んだ瞬間、手で体を支えた。

痛ってぇぇぇえ!と思い、すぐに立ち上がり、

パンパンと手に付いた泥を落とした。

両手のひらだけが、火が付いたように熱い。

転んだから帰ろうかな、と一瞬思ったけど、

いやいや、せっかくのトレーニング中だから

痛いけど続行しちゃえと思い、

また走り出した。

手のひらだけが、激しくビリビリ痛い。

走りながら外灯の明かりで見ると、

オヨ!血がしたたり落ちてるじゃん!

と、思ったけど、

走ってたらそのうちに乾いて血が止まる、

と思い、走り続けながらずっと考えた。

「普通なら、そのまま急いで家に戻って、

傷の手当を直ぐにするんだろうな。

私って、なんでこうなんだろう」と。

野蛮だし、痛いのに痛いと受け入れない。

自分の身に何か起きても、

『ガマンすればいい』 と

そう思ってしまうのだ。



外灯のたびに手のひらをチラリと見ると、

手のひらが血で真っ赤。

でも転んでから1時間走り続けたので

さすがに乾いて血が止まっている。

スタジオに戻り、乾いた血を石鹸で

丹念に洗おうと、袖をまくろうとすると、

痛ッタタタタ! 

左肘が激痛で動かせない。

あ~あ、やっちゃった。。。


ガマンしてればそのうち治ると思って

二日間、肘の激痛に耐えたけど、

さすがにマズいんじゃないかと思い、

整形外科に行ってきた。

骨には異常ないけど、靭帯損傷。

これも時間がたてば治るし、

腕を失われた方々を思えば、私の怪我など軽い。

不便な片腕だけで、日常の動作をこなすのには、

色々な知恵を絞って動かなくてはいけない。

とても良い勉強になった。



と、前置きがメチャ長くなってしまった。

でも、「ガマンすればいい」という

私の昔からの精神が、

今回のテーマにも被っているので、

なので、前置きで書かせてもらったのだ。

まぁなんとか、読んでくださいマシ。



アメリカのドラマなどを見ていると、

彼らの人生の、本当の幸せって、

愛するパートナーと巡り合い、

結婚して子供を持ち、

強く愛し合える家族を築くことが、

人としての一番の幸せ、という根本的な思想があり、

「恋人を持たない独身者」

「結婚しない独り者」という身の人たちは、

愛する相手に巡り合えない

と~っても可哀想な人たちで、

でも、いつの日か必ず、いや絶対に

素晴らしいパートナーと巡り合えるから、

その日が来るのを信じて頑張って生きて!

と、温かく、そして強く励まして

次のエピソードに続く、、、

みたいな雰囲気モリモリに、必ずなる。

そういうシーンを何度も何度も見ていて、

”パートナーがいない人は不幸せなのかなぁ?”

と、いつも思ってしまう。



きっと、私の周りの人たちは、

● 私にパートナーがいないこと

● 独り身でいること

● 子供がいないこと

それらの理由は、

「踊り手一筋で生きていく事を選んだから」

「自由に生きたいから」

などと、思われていると思う。

どう想像されても、どう思われてもいいけれど、

私にはハッキリとした理由があるのだ。

パートナーも、家族も必要としない、という

そんな今の生き方に繋がった、過去の出来事。

誰にも、話したことはないけれど、

私が経験してきた人生は、

”昔の日本の社会” が反映されていて

面白いというか、興味深いかなとも思うし、

ブログで記録のように残すのもいいかと思い

書くことにする。

(※ 読んで不快になる内容もあると思います)



ということで、いきなりだけど、

私が一番影響を受けた時代というのは、

正に思春期~青春時代の、

女の子たちが、男性に対してとても敏感になって、

素敵な男性に憧れ、そして恋心が芽生える、、、

そんな幸せの思い出に満ち溢れる時代。

で、あるはずなんだけど、

私の場合は、

『ひたすら痴漢から逃れる』月日を過ごしたのだった。

今の時代は、セクハラだのなんだのと、

即座に問題に出来る時代であるけれど、

昔は今と真逆で、とにかく

「我慢して逃げる」のが当たり前だったのだ。

痴漢に対しても、今で言う”セクハラ”に対しても、

女性の立場は実に弱く、男性社会中心の色が

非常に強かったので、こういう問題に対して

誰も声にしなかったし、出来なかった。

ましてや、10代だった私など、何も言えなかった。



中学一年から電車とバスで通っていたため、

痴漢被害には、ウソでも大げさでもなく、

週に3~4回は必ず遭っていた。

中学から短大、短大過ぎても続いたので、

被害総数は軽く数えても何百回もある。

まずは制服を着ての中高時代。

私は健康体で、パツパツに肉付きがよかった。

それが男たちにはたまらない標的だったのだろう。

最初の経験は、13歳頃から始まった。

ご近所に住む、某・有名会社のお偉い方が

通勤で時々バスに乗られることがあり、

バス停で時々、通学の私と一緒になる。

そのたびに、私の横に立ち、

「お〇〇コ、舐めたい」と私の耳元で言うのだ。

まだ、卑猥な世界を知らなかった私は、

偉い人なのに何言ってんだろう?と思い、

とにかく気持ち悪いので、

バス停で会わないように時間をずらした。

これが、最低な世界を知るスタートだった。



電車に乗ると、毎回、私の後ろに男性がピタリと

身を寄せてきて、男性の手が私の制服のスカートを

少しずつたぐり上げていく。

太腿あたりでスローモーションのように動く

男の手の感触、そして耳元で聞こえる

ハァハァ、、、という吐息、

固く大きくなっている男の股間を

ぐーっと押し付け続けてくる。

私は吐き気と恐怖とおぞましさで、

半泣きになりながら全力で身をよじって逃げる。

けれど、とにかく電車が超満員なので

身動きができないし、

痴漢行為をしている男の顔すら確認できない。

日々、乗車時間を変え、車両を変えても、

スカートの中に入ってくる男性たちの手から、

身をよじって抵抗し続けても、

容赦なく触られ続けられる日々。

通学でない、私服で電車に乗る時でも狙われ、

時には、前からも後ろからも同時に、

さらに、左右前後4人に同時に

グループ痴漢に何回か襲われたこともある。



空いた電車で座っていると、

私の真正面の座席に男性が座り、

男性は新聞を膝の上で広げる。

その新聞の中では、ズボンのチャックが開き、

男性のイチモツがいきり立っていて、

それを私にだけ見えるようにしているのだ。

新聞があるので周りの人は一切気が付かない。

こういう男性たちは、目を赤く充血させたまま

まばたきを一切せずに、私をじーっと見つめて

私が赤面したり、慌てたりする姿を

待ち望んでいるのだ。

赤面よりも、思わず吐き気に襲われる。

このパターンも何回も遭った。


冬などは、前を開けたコートのポケットに

両手を入れて、電車で座っている私の

真正面に立つ。

これは、男性の興奮したイチモツを見せるため。

コートが壁のようになっているので、

私以外は、誰も気が付かない。

こういう場合も、じーっと上から私を見つめ、

そのイチモツにどう反応するかを

楽しんでいるのだ。

このケースも5回はある。

全て、同じ場所、同じ時間帯、同じ人物なら

警察にも言えるのだけど、

いつ、どこで、遭うか、全て違うので

どうにもできない。



通学で家を出ると、

バス停まで歩いている私の横に

知らない男の車がサッと横付けして、

「おい!早く乗れ!」と、ストーカーが。

電車から、降りたら降りたで、

カメラをスカートの中に突っ込んできて

写真を撮る男にも遭い、

別のパターンでは、体当たりでぶつかってきて、

その瞬間に胸を触ってきたり、

スカートに手を突っ込んできたりする男もいる。

一度は、渋谷駅で待ち伏せされていて、

凄い勢いで接近してきて、

顔と顔5センチのギリギリの距離で、

「待ってた。殺したい」と言われた。

さすがにその時は、学校に伝え、

何日間かは、警察がパトロールしてくれた。

これらは全て、大勢の人が行き来する場所。

でも、誰一人、気が付かないし、

もし見ても、見て見ぬふりで素通りされる。



ほぼ、365日、痴漢行為から逃げ続け、

やっと高校を卒業し、制服生活を終えて

私服で短大に通うようになると、

今までのパターンに加えて、

セクハラにも数多く遭った。

身体を触ってくる+嫌らしい言葉を耳元で囁く、

などは普通に行われ、ある仕事場では、

仕事が終わったら事務所で待ってなさいと上司が言う。

新しい仕事の説明があるとのこと。

イヤな予感がしていたが、やはり的中。

誰もいない事務所で、ビデオを何本も取り出し、

ボカシなし、全出しのエロビデオを

僕と一緒に見なさい、という。

「ここにもどーしよーもないアホがいる」と思った。



当時、扁桃腺が肥大して緊急手術。

入院を10日ほどして退院するときに、

担当医が私に話があるとのこと。

手術してくれた先生なので、何だろうと思い

看護婦も誰もいない病院の一室で会うと、

「僕をこれから、”先生”と呼ばないで」と。

この言葉にゾッとして、

尊敬していた医者の権威が私の中で崩れ落ちた。

また当時、クラシックギターが好きで

Y音楽教室に通って個人レッスンを受けていると、

熱心な先生が、足を組んでギターを弾いている

私の太腿に手を当ててきて、

その手で私の腿をさすりながらリズムを取る。

「ここでもか。。。」と心臓が冷たくなり、

もちろん、恐怖で音楽教室に通えなくなった。



夏、自宅でお風呂に入っていて、

暑いので、少しだけ窓を開けて身体を洗っていた。

突然、何ともいえないイヤな空気を感じたので

ふと立ち上がり、10㎝ほど開けていた窓から

外をのぞくと、男の顔が生首のように

窓にはりついて、こちらを凝視している。

私と男の顔の距離は5㎝。

目と目が合った瞬間、

男性はダッシュで逃げたけれど、

そういう時って、キャーだの、一切声が出ず、

洗い場から脱衣所に移動した際、

鏡に私の顔が映り、

おでこから、まるで漫画のように血の気が

引いていくのを生まれて初めて見た。


1人で映画館に行けば、

横に座った男が、膝に乗せたコートを

私の座席ギリギリまで置き、

映画が始まると同時に、コートから手を伸ばして

私の太腿を触ってくる。

新幹線の中でも、横に座った男性がコートを

膝の上にかけて自分の手を隠し、

映画館と同じパターンで私の太腿を触ってくる。

痴漢行為じゃないけど一番怖い目に遭ったのは、

夜道で空気銃で撃たれたこと。



まだまだ、挙げれば数限りなく書ける。

とにかく、中学~高校~短大~その後も続く

男性の卑猥な行為に襲われ続け、

どれだけの恐怖とおぞましさを味わったことか。

そして同時に、自分の運命をも呪った。

私は元来、可愛くふるまう、とか、

色気をアピールするとかが性格的に嫌いで、

どちらかというと、かなり男性的。

さらに痴漢に遭わないように、

どこでも極力、存在感を消し、身を潜め、

歩くときは必ず、わき目もふらずに、

かなりの速足で歩くのが習慣だった。

そんな私が、なぜこんな目に???

一人の女の子として普通の日常を過ごしたいのに、

なぜこんな恐ろしくて、吐くほど嫌な思いを

日々、私はしなくてはいけない運命にあるのか。

どう考えても理不尽極まりないので、

きっと前世で、何か悪い事があり、

それが現生の私が何らかの理由で、

罰を受けなくてはいけない運命なんだろうと、

無理にでも思うようにしていた。

それでも、1つだけ救いだったのは、

犯されるような暴行(撃たれたけど)は

受けなかったこと。



そして、私の中で、

一つだけ頑なに守ったことは、

こうした被害と恐怖を、

親にも、誰にも決して言わなかったこと。

親にもし言ったら、どれだけ心配するだろうと、

想像するだけで身の縮む思いがしたから。

そして、人に相談しても、中には

私が痴漢に遭っている自慢話を

していると、取る人もいるし、

色んなパターンの痴漢行為を私が話すので、

聴く側は、”へぇー!ウソみたいな話!” 

とすごく面白がって聞いてくれて、

私の心情までは理解してくれない。

もし私が痴漢に対して、時に勇気を振り絞って、

「やめてください!」と怒ったところで、

その時代、そんなことで誰も助けてくれないし、

痴漢行為をやめるような奴はいない。

そういう時代だったのだ。

だから、

『ガマンすればいい』

この考えで、ずっと過ごし、

これが私の中で、習慣化された。



そして痴漢に遭い始めて最初の4~5年は

恐怖と気持ち悪さとの闘いだったけれど、

そのうちに、

「男たちって、表では "立派な社会人" を演じ、

真面目なイメージの仮面を被っているけれど、

裏では、男の本能だけをむき出して、

女の体と、SEXしか頭になくて、

最低に卑劣で、最低に下品で、

最高にバカ野郎なやつども」

と思うようになり、

痴漢、セクハラする男たちに遭うたびに、

恐怖も、怒りも、全て通り越して、

氷のように冷めた冷静沈着な心で、

最強度の軽蔑の眼差しを送るようになっていった。

なので当然、男性不信にもなっていた。

そして痴漢行為を通して、

男の行動、目の動き、に対する私の観察力は、

長年に渡って鍛えられ、身に付いたので、

どんな男性でも、私は瞬時に

何を考えているか、何が目的かが、

手に取るように見えていたので、

だからいつも、多くの男性にゾッとしていた。



それでも、そういう被害に遭い続けたからこそ、

私の厳しいジャッジをクリアして、

男性として尊敬+信頼できる人には、

心から惚れ込んだ。

惚れて惚れられ、恋に恋して、

素晴らしい恋愛もたくさんして、

離婚したけど結婚もした。

男性の良き仕事仲間や友人たちにも恵まれている。

しかし、私の根底には今でも常に、

男性に対する非常に厳しいジャッジ眼があり、

痴漢被害を受け続けた時に味わった、あの恐怖と

凍るほどゾッとする嫌悪感は、今もしっかりと

細胞に焼き付けられている。



だから、そんな細胞を持った私、

もう残りも少ない私の人生、

あえて、新しいパートナーと知り合い、

最初はどんなに愛し合っても、

いづれ、相手の行動にイラっとしたり、

色んな事をガマンしてまでも、

一緒に生活などしたいとも思わない。

そして、良きパートナーでいたとしても、

常に男の根底にある、

"若き女性に対する男の欲望” を私は知っている。

だから、嫌だ。

そして、共に苦楽を積み重ねてきた結婚生活の

長い夫婦なら、相手が高齢で介護状態になっても、

きっと最後まで愛情を持って、愛する夫の

オムツの取り換えのお世話をするのだろう。

しかし、そんな結婚生活の歴史がないペアで、

老いたパートナーがダウンした時に、

若き日に、電車の中で見せられた、

いきりたったイチモツを思い浮かべながら、

パートナーの下半身の世話などしたくない。

逆に、私がもし寝たきりになったら?

相手は逃げ出すだろうな。

「ガマンすればいい」

もうこの年齢になったら、

”男性に対して” のガマンだけは、

絶対にしたくない。



今回はすごく長くなったけど、

私の歴史の一部を書くには、必要な長さでした。

『ガマンしてればいい』

実は、まだあるんです。

また近々、書こうと思います。

長々と読んでくださり、ありがとうございました。


                  11月27日



by amicielo33 | 2020-11-27 16:34  

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