今年の反省 そして来年

本当に、あっという間に1年が過ぎようとしてる。

なんて月日の経つのが早いのだろう。

今年は、精神的に行き詰ることばかりで、

どうしてもブログを書く元気がなく、

でも、今年の最後の日はちゃんとブログを書いて、

一年のけじめをつけようと思う。



今年は、舞台数は少なかったけど、

春夏と、大きな舞台の出演で何かと長期間振り回され、

最後は自分のリサイタルで、まさに大型台風を背中に背負って生きていた、

そんな感じの4ヵ月を過ごした。



今年一年も、自分が世の中の何かの役に立ちたいと、

でも自分が出来る事はフラメンコしかないので、

フラメンコを通して役に立てないか、という事ばかり考えていて、

だからせめて、リサイタルの場を使って何らかのメッセージを発し、

”心に届くフラメンコ” を踊る事が、

ちっぽけな事だけど、自分として役に立てる何かかもしれない、

そんな想いで、必死で舞台を創った。

というか、今回のリサイタルだけじゃなくて、

ずっと前から、私の創る作品を通して、

自分なりにメッセージを発してきたつもりだった。




自分で言うのが恥ずかしくなるくらい大きなテーマだけど、

6~7年前までは、

悪=闘い・死 → 常に客観的に見て考えなくてはいけないこと

このテーマで、何作品も作った。

2013年に私の生徒達が、フラメンコ協会の群舞で賞を取った

「羽と叫び」もそうだ。

それから5年前くらいからは

過去に親からの虐待を受けたり、激しい家族の問題を抱え

激しく苦しみ続けているそんな人々と会い、

その人たちに対して、何としても生きて前に進んでほしい

という私の想いの詰まった作品や、

私が両親を亡くして、初めて知った様々な想いなどから、

”母親” というもの、それを様々な角度で再認識してもらいたいと、

そのテーマで、いくつか舞台を創ってきた。



そして一番最近の「Madre ~母~」の舞台を終えたりして、

それに対して賛否両論の意見をいただき、

ずっと今までの自分のやってきたことに対して

やっと気づいた事がある。




「私の器では、フラメンコでそんな大それた事なんぞムリ」 

ということ。 

そして、「フラメンコは、こういうものに似つかわしくない」

ということ。

どんなに自分が良いと思って、死にもの狂いで創っても、

「フラメンコの大好きな人たちには、受け入れられない」

ということ。



もし私が優れた振付の才能があり、

さらに、飛びぬけたフラメンカな味と香りがあれば、

きっと人々を魅了する作品が出来ていたと思う。

でも、そんなスゴイ器は私には、ぜ~んぜんないのだから、

こんな大それたテーマは、私なんぞがやっちゃあいけないんだ、

と、恥ずかしい話、今になって、心から思ったのだ。



そんな大事な事に、気が付いたのが遅すぎたのかもしれないけれど、

それが、「私」。

気が付くまでものすごい時間と労力をかけないと、

私という人間は気が付かない。

でも、今まで必死にやってきたことは、無駄にはなってないだろうと

過去の経験を信じて、来年の自分に自分で背中を押そうと思う。



自分の器のサイズを自覚して、

無理な背伸びをしないで、もっと気を楽にして、

「フラメンコと私」

だけに絞っていこうと思う。

でも、もう残された、踊れる時間はとても少ないので、

一つ一つの舞台を、丁寧に、大切に、そして

これだけは昔も今も、決して曲げない強い信念、

「心に届くフラメンコ」

この大切な心で、踊りたいと思う。




今年も色々とありがとうございました。

2018年、どうぞよろしくお願いいたします。

                         

                      12月31日 大晦日































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by amicielo33 | 2017-12-31 20:09  

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