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   エル・フラメンコ そして竹内店長

新宿伊勢丹会館の6階に、1967年から現在に至るまで、

日本のフラメンコ界に多大な影響と歴史を残した「エル・フラメンコ」が、

9月の頭には閉店してしまう。

本当に残念で、そして寂しい。

まだ今のところ、普段通りにお店とショーは営業しているので

閉店と聞いても、今一つ、現実味を感じないのだけど、

もし、閉店してから伊勢丹会館の6階に行って、

あのエルフラがなくなっているのを目の当たりにする、

その瞬間を想像すると、

たまらなく寂しい気持ちに襲われる。




客の側から要望を言わせてもらうと、

そりゃぁ、これからも永遠に、エル・フラメンコは存在していてほしい。

でも、営業する側からすると、


◆ 6ヵ月もの間、日本に滞在できるスペイン人アーティスト達

◆ お客さんを楽しませ、また観たいと思わせるだけのレベルを持っている

◆ グループのトップを務める事の出来る踊り手を筆頭に、

  それに従う、踊り手達と歌い手、ギタリストを集める


これらを揃えるだけでも、えっらく大変な事だと容易に想像出来る。

もちろん、スペインにはこのような人材を集める事務所はあるとしても、

日本側だって、それが本当に良いグループなのか、

予備知識がかなりないと受け入れられないし、

6ヵ月の間、スペイン人達の中で何も問題もなく、

仕事をちゃんとしてもらって、お金を儲けさせてあげてスペインに帰国させる、

何でもない事のように聞こえるけれど、

エルフラが受け持つスペイン側への責任は、相当なものだと思う。

そして、フラメンコなどという特殊な舞踊を、年間通して

一般の人を対象に満席まで集客するのは本当に大変だと思うし、

きっと大きな額の赤字を保ちながらも、

日本国内で唯一存在する、”スペインのタブラオ” を

49年間ずっとずっと営業して、フラメンコ愛好家たちに楽しみの場を

提供し続けてきてくれたのだ。



エルフラに通っていらっしゃるみなさんは、もちろんご存知だと思うけれど、

背がひょろりとしていて、ものすごくお店の中を動き歩き回って、

口は悪いけど、そして人に対しての好き嫌いがハッキリしている(らしい)けど、

すっご~く親切で、すっご~く温かいお人柄の 『竹内店長』。

昔だけど、私のスタジオに来てくださった時  目閉じちゃってるじゃん
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以前、竹内店長に用事があって電話したら、

  店長: 「うるせ~な、今、仕事が忙しいんだよ」

          と言って、ガチャッと電話を切っちゃうから、

          私も負けじと、直ぐに電話をかけなおして、

    私: 「竹内さん、なんで電話切っちゃうのよ!用事があるんだっつーに!」

   店長: 「るせ~なぁ、 何だよ、その用事ってーのは?」

              と、超不機嫌な返答をするので

    私: 「竹内さん!ちゃんと用件聞いてよー!」

   店長: 「早く言えよぉ こっちゃいっそがしいんだよ~ ったく~」 だと。


まぁ世間一般でこんな返答をされたら、めちゃめちゃショックか

めちゃめちゃ腹が立って、もう一生顔を合わすもんか!と思うだろうけど、

なぜか、竹内店長とこんなやり取りしても、逆に可笑しくて、面白くて、

電話切られた後も、なんだよ~と思いながらも笑っちゃうのだ。

これも、竹内さんのお人柄を知ってるからかな。



んで、私が今日書きたいと思ったのは、

エルフラが閉店になるなんて夢にも思っていなかったので、

今まで口にはあまり出す機会がなかったのだけど

私は、エル・フラメンコと竹内さんに本当にお世話になり、

踊り手として成長させてもらえたのも竹内さんのお陰なので、

心から感謝の気持ちとお礼を言いたいのだ。



私が初のリサイタルをしたのは、1993年の3月、エル・フラメンコでだった。

1988年の2月に片道切符でスペインに渡ってから

5年間は日本に帰らず(帰れず)、

この5年、死にもの狂いでスペインのフラメンコの猛勉強に励んできたけれど、

今の自分は人様の前で一人だけの舞台を務めることが出来るのか? 

と思い、それならばリサイタルをやっているべと挑戦してみたくなり、

クルシージョという形で短期講習を始めたのは私が元祖なんだけど

これなら日本でフラメンコを責任持って人に教えられるかもしれないとも思い、

んじゃぁ、それを全部まとめてやってみるべ!と、

1993年に初めて日本に戻って、初めてクルシージョを開始して、

初めて自分のリサイタルをやったのだ。



その時以来、私はスペインを起点として日本とスペインを行き来していて、

日本にいる時に、竹内さんに少しずつ声をかけていただけるようになった。

今の時代、あり得ない事なんだけど、

竹内店長が、

「アミちゃん、今夜、スペイン人のショーのメンバー足りないから入ってよ」 と言って、

私がなぜか、普段やってるスペイン人のショーに入って踊らせてもらったり、

劇場で、私の舞台の千秋楽を迎えた次の日に、

「同じものをエルフラでやってよ」 と、竹内さんがエルフを提供してくださったり。

初リサイタル以来、ちょこちょことお声をかけてもらっていたのだけど、

2006年のエルフラ創立40周年記念の年から、

毎年、3月とか4月とかの1ヶ月の水曜日を全て受け持つように頼まれ

それを2013年まで毎年続けてやらせていただいた。

最後の方は、4週全て満席にするのが疲れてきて、2週とか1回のみとかに減ったけど、

昔からの私のお客さんは、毎年のエルフラでのステージを楽しみにしてくださった。




それにしても、エルフラでのステージ創りがどれほど勉強になったことか!

自分の踊りに対する責任はもちろんだけど、

エルフラのステージを提供していただく嬉しいチャンスと同時に

エルフラでのステージという、何か特別の雰囲気の責任感。

劇場と違う、でもちょっと劇場っぽいタブラオのエルフラで、

1曲、1曲をただ、アレグリだ、ソレアだといってお見せするのとも全く違う、

全体を通してクオリティーの高い一つのステージに仕上げなくてはいけない。

そんな、最高の勉強となるステージ。

エルフラでのスペイン人達のステージは、長年、佐々木孝尚さんが照明担当。

照明がコンパスに100%完璧に入る、彼の熟知されたフラメンコと見事な照明技術の合体。

そんな素晴らしい照明と、サパテアードの音のごまかしが一切きかない、

一粒ずつの音が気持ち良く聞こえる、エルフラの素晴らしい板質と音響も、

とにかく、フラメンコを踊るのに、全てにおいて完璧なステージ。

そんな素晴らしいステージで踊るチャンスを、長年与えてくださった竹内店長には

心からの感謝の気持ちしかない。




実は、、、2014年からさすがに疲れてきて、さらに別の舞台がたまたま

竹内店長が声をかけてくださる月と重なってしまい、2年、お断りしていた。

そしたら、なんと、今年で閉店になっちゃうとは。

そしたら先々月、

「ねぇねえ、8月28日(日)の夜、空いてっからサ、アミちゃん、やってヨ」 

と、竹内さんが穴埋めに私に声をかけてくださったのだ。 ←悪い表現

閉店と聞いてから、まさか踊らせてもらえるとは思っていなかった。



それならば、エルフラのステージに初めて立った時から

23年間もの間、たくさん大変お世話になってきた事と、

さらに、2004年に私がスペインから引き揚げて、日本で開設した頃から

私のスタジオに通って来てくれている生徒にも、

一緒にエルフラでのラストステージに立ってもらおうと思い、

私を成長させてくれたエルフラと竹内さんに

(実際には何のお礼も出来ないけれど) 心から感謝の気持ちを込めて、


    「 Con todo mi corazón 」 


という、心を込めて という意味のタイトルで、

エル・フラメンコに対してお礼の気持ちを込めて

ラストとなるステージに立ちたいと思ったのだ。

その時を考えたら、、、、ものすごく感慨深い気持ちになる。




エル・フラメンコ、 そして 竹内店長

本当に、本当に、今までお世話になりありがとうございました。

でも今のスペイン人のショーは、食事券が残ってるので後もう1回行くし ←なんつー

8月28日にどうぞよろしくお願いいたします。

心からの感謝の気持ちを込めて、私にとってエルフラでの

ラストステージを踊らせていただきます。


                                     5月22日

by amicielo33 | 2016-05-22 20:38  

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