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フラメンコとの関わり方

こんなタイトルで、今回のブログを書こうと思う。

というのは、今までのフラメンコ人生で、

何百人という生徒と出会ってきた経験からなんだけど

多くのフラメンコ研究生の中で、

フラメンコに没頭するあまりに、

心と体のバランスを完全に崩す人を

何度となくみてきて、

最近、またそのケースに陥ってしまった

研究生がいたので、

なので、今回はこれについて書きたいと思ったのだ。




フラメンコを始める理由やきっかけは人それぞれ。

そして、フラメンコを始めてみて、

日頃の仕事や、嫌な事からのストレス発散や、

フラメンコと接することによる心の癒しとして、

仕事:日常生活:フラメンコ の割合を

上手にコントロールできる人、



仕事や家の諸事情で、もっとフラメンコをやりたいけれど、

どうしても出来ない環境や状況にいるからこそ、

自分で気持ちを割り切って、出来る範囲でやる、

というように、心を調整できる人。



このようにコントロールを出来ればいいのだけど、

あまりにも熱心&夢中になり過ぎて、

本人が気が付かないうちに、境界線を越えてしまい、

心と頭の中を占める割が、

圧倒的にフラメンコ中心、になってしまうケース。



とにかく、一日も上手くなりたい!

スペイン人のように一日も早く踊れるようになりたい!

一日も早くタブラオに出演出来るようになりたい!



こういう目標に向かって、頑張るのは素晴らしいこと。

でも、この気持ちが急加速でエスカレートし、

練習をどんなにしても、もっと練習しなきゃと思い、

クラスも取れるだけ取り、

来日するスペイン人のクルシージョも、

仕事を調整して、そしてお金が続く限り、

とにかく取りまくり、

フラメンコ漬けの生活になってしまう。



フラメンコを学ぶためにスペインへ留学したり、

プロを目指しているのなら、当然、

上に書いたようなフラメンコ漬けの日々になるのだけど、

しかし、、、

” 趣味の範囲の中で" と言われることに抵抗がある人が

たくさんいるとは思うけれど、

でも、プロになるのでなければ、

結局は、趣味であり、

そして生活の場が日本で、

忙しい本業の仕事をこなしながら、

そして大変な家事もこなしながら、

残された時間をギューギューに

フラメンコスケジュールを詰め込み、

自分をどんどんと追い込んでいく。



だから、そのような日々が続くと、

身体が疲労困憊してきているのに、

でも心と頭の中では、

フラメンコへの大きな夢を追い続けているから

身体からの悲鳴に気が付かずに無理を続ける。

そして、身体と心のバランスが取れなくなり、

ある日、そのひずみがドカーンと必ず出るのだ。




こういうケースに陥る人の性格は共通している。

本当に真面目で、妥協をしない。

何をやるにも、必死に全力で突き詰め、

少しでも完璧に近付けたい!と思ってしまう、

そんな性格の人が陥りやすい。




その、身体の疲労の極限と、

先を追い求める心のバランスが崩れた時は、

気力、体力、全てが消耗しきってしまい、

まるで心の病のようになってしまう場合が多い。

身体の過度の疲労に加えて

心も、もう疲れ果ててしまうようだ。




今までの、私の知っているケースは、

長期間、完全にフラメンコから離れた生活に戻り、

それでも、本当にフラメンコが好きでたまらない場合のみ、

再びフラメンコに戻ってくる。

でも、多くの場合は、フラメンコを観たり、

聞いたりするのは続けても、

自分が以前、炎の塊りのようになって、

熱中していたのと同じようには

出来ない場合が多い。




それで、ここで私が言いたいのは、

自分が心を豊かにしてくれる趣味を持ちたいと思って

フラメンコを選んで始めたとしたら、

楽しまなきゃ。

常に、楽しみながら勉強しなきゃ。

楽しみながら練習しなきゃ。

「初心忘るべからず」。




そして、

「フラメンコは、どんなに急いで詰め込んでも、

数年という短期間には、

絶対に絶対に絶対に、習得できるものではない」

ということを、常に頭に置いて、楽しみながら

ゆっくりとフラメンコに接していくのが

最も自然体でフラメンコが深まる、いうことだ。



”あの人、短期間にフラメンコがすごく上手になったのヨ”

などという言葉を、時々耳にするけれど、

上手になったように見えるのは、

フラメンコ、なんじゃなくて、「踊り」。

そりゃ身体の訓練をメチャメチャするのだから、

動きに関しては上達する。

当たり前。

でも、踊りという、

身体を使っての動きが上達するのと、

フラメンコの理解力を深めて、

フラメンコに近づいていくのとは、違う。

フラメンコは、スペインという国の文化だもの、

外国の文化を、5年10年でなんかマスター出来ない。




本当にフラメンコが好きなら、

フラメンコはスペインの文化と芸術なんだから、

『 学びには、一生の時間がかかる 』

こういう心構えで、フラメンコに接していくと、

もっともっと心に余裕が出来て、

気負いの力が抜け、楽しめて、

「長い目」で自分とフラメンコの関わり方、

というのが見えて来る。

そうなると、フラメンコの方から自分に

近付いてきてくれていることに、

ある時、気が付くかもしれない。



よくスペイン人の友人が、

「趣味というものに、

ものすごい大金と時間を費やして、

ものすごくマジメに、必死に取り組むのって

日本人しかいないよね。

スペインじゃ、絶対にあり得ない」って。

ハハハ、それが日本人気質なのよ、と

苦笑いするしかないけど、

とにかく、日本人ってマジメ。

それが日本人の素晴らしさでもあるのだけど、

真面目で一生懸命にしても、

楽しむことは、決して忘れちゃいけない、って思う。




フラメンコとの関わり方がこれでいいのか、

時々、立ち止まって、

本当に心から楽しんでフラメンコと接しているのか

自問自答するのもいいかもしれない。

フラメンコという、こんな素晴らしい趣味と

出会えたんだもの。

大切に、愛おしみながら、

楽しみながら勉強させてもらえば、

フラメンコの神様は、

そんな自分をちゃんと見ててくださる。


                  4月10日



# by amicielo33 | 2019-04-10 16:25  

いつも反省 だから宣言

街中、道、ホーム、電車内などで、困っている人がいたら、

絶対に、何らかのお手伝いをしようと、

常に思いながら日々行動しているのだけど、

時々、私の一瞬の臆病心が、

”困っている人に声掛けをする”

というタイミングを失わさせ、

それで、毎回自己嫌悪に陥るのだ。



もちろん、自分が居合わせるタイミングと、

困っている方がいらっしゃるタイミングが、

ちょうどあった時は、

それは絶対にお手伝いをするけれど、

でも、タイミングではなくて、

位置的に、距離が存在する場合、



例えば、電車で自分は座っていて、

私の横に座っている5人くらい先の場所に、

お年寄りが立っていて、

座っている人たちが、完全無視して座り続けている場合、

私の心の中では、

お年寄りの方がいるのを知っているのに

スマホをいじり倒していたり、

タヌキ寝入りしている人たちへ、

激しい怒りと、心の中での抗議の言葉が

激しく繰り返されるのだけど、



じゃあ、自分が座っている場所から

大きな声を出して、

「こちらのお席にお座りになりませんか?」

と、声を出して言えばいいじゃん!!!と、

今度は、自分への怒りに変わってくる。

人に対して怒っているのなら、

自分が先に行動すれば簡単に解決するのに、

私ってなんつー臆病者なんだ!と

電車の座席に座りながら、

絶対に席を譲らない奴らへの怒りと、

自分の臆病さへの怒りで、

一人で身をよじってしまう。




これがスペインなら、、、

もちろんスペインにも変な人は山ほどいるけれど、

特にアンダルシアなら、

町でも、電車の中でも、バスの中でも

どこであろうと、家族に話すように、

ふつう~~~に、人に声をかける。

困っている人がどんなに遠くにいても、

「ちょっとちょっとセニョーラ(ル)!ほら、こっち!

空いてるから座って!立ってるのが大変でしょ!?」と。

困っている人に声をかけて、

ふつうに、当たり前に助ける、という事を、

私はセビージャで生活をしている時代に

実に多くの学びを、彼らから得ることが出来た。




お年寄りが、思わず転んでしまった時、
(大怪我じゃない時)

どのように声をかけて対処するか、



身体が不自由な方が、広い横断歩道を渡っている時、

どんな声掛けをして、助けるか、



目の悪い方が、足元の悪い道を歩いている時、

ややこしい道を歩いている時、

どんな声掛けをして、サポートしてあげるか、



挙げたら、キリがないほど

目の当たりにし、学ばせてもらった。



でも、どんなパターンも共通して言えることは、

「まるで、家族に話すように、

 家族を助けるように」 実に自然なのだ。

それを長年、常に見て、学んできたのだから、

日本でも当然、スペインのように自然体で

困った人に声掛けをして助けようと、

常に心掛けているのだけど、、、、。



一つ、今でも心に残っている場面がある。

私は絶対に出来ない!と大反省しながらも

とても感動したことを、お話したいと思う。

日本の電車の中での出来事だ。




JRの中央線に、車椅子の女性が一人乗ってきた。

脚が悪いだけでなく、上半身にも麻痺があるのがわかる。

私は近くで立っていたので、

”大丈夫かな” と思いながら、

でも、何も出来ないので、そのままに。

すると、一人の若いOLが車椅子にスッと近寄り、

車椅子の人と同じ目線になるように、しゃがんで

「何か困る事があったら、何でも言ってください」

と、小さな声で言ったのが聞こえた。

車椅子の女性は、その言葉を把握できなかったのか、

プライドで、迷惑に感じたのか、それはわからないけれど、

思いがけず、ジロッと横目でその女性を睨んで、

プイッと他の方向を見た。

そして声をかけた若いOLは、睨まれたけれど、

それに全く動じず、自然体で車椅子の横に立っていた。

私は横にいて(もちろん何も言わなかったけど)

その若いOLが発した「勇敢な一言」に対して

彼女の勇気と自分の弱さ、に対して

なぜか涙が止まらなくなり、

ポロポロ、ポロポロ、

ずっと涙粒が勝手に落ち続けてしまうので

逆に恥ずかしくなって、

開閉するドアーにピタッとひっついて

顔を見られないようにした。

私はこのような状況で、彼女のように声をかける

その勇気は全くない。



いや、もっと勇気を持たないと。

「どうしたのかなぁ~

 大丈夫かなぁ~、

 不便そうだなぁ~」

と、遠くから見ながら考えているんじゃなくて、

” 離れていても、近寄って、声掛けをする ”



出来ずに、よく大反省するのだけど、

それでも繰り返してしまうので、

こうしてブログに書いたからには

ある種の宣言にもなるので、

もっともっと、声掛けを自然体でやります!

と宣言します!


                         3月15日


今日の午前中に、私の大好きな、ひたちなか海浜公園に
チョロッと行ってきたので、写真載せます。
スイセン満開!   
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# by amicielo33 | 2019-03-15 20:19  

マルワのコンクール

いったいいつからマルワのコンクールの審査員に

参加させていただいているのだろうと、

昔の手帳をゴソゴソ見てみると、

どうも、2007年からみたいだ。

すんごい長い年月、参加させていただいているんだと、

ちょっと驚き。



さて今回は、1月27日の第2次予選を経て

3月2日(土)に本選が行われた。

審査させていただいている、この12年の間に、

フラメンコ舞踊の流行が大きく変わり、

そして年々、出演者達の技術的なレベルが大幅にアップし

ネットの進化により、日本で常にスペインの、

今のフラメンコの映像を見れ、

常にフラメンコの最新情報を簡単に入手でき、

スペイン人アーティストが次々と来日してクルシージョをし、

日本からも簡単にスペインに短期で行けるなど、

日本なのかスペインなのか、ようわからん美味しい環境が

出来上がっているので、

昔と格段の差で、全てのレベルが上がっているのが顕著に見える。



さて、今回の優勝者である、中原潤くん。

予選のアレグリアスは、審査員一同、審査を忘れて

見入ってしまうほどの、本当に素晴らしい踊り!

本選のソレアも素晴らしかった。

まず、彼の何が審査の目を引いたかというと、

正確で正しい訓練による舞踊技術をしっかり身に付けている事。

それにより、身体の伸びやかさも増して

確かな技術と共に、

劇場の舞台という大きな空間を、

見事に使いこなせている。

ブエルタも身体のどの動きも、心地良くキレがありリンピオ。

足音も実にリンピオ。

ここまでは、視覚・聴覚点での感想。

そして肝心なフラメンコの審査部分では、

確かなコンパス感で運びながら

フラメンコを本当に感じているのが

緩急をつけたとても良い振付の中で、

それが動き、足音、そして表情を通して

全て自然に出ているのを感じられる。

そして、スペイン人アーティストの、誰のコピーもせず、

彼の個性として成立しているのが良い。

審査で参加したミラグロス・メンヒバルも、

セビージャから来日した、フラメンコに深く関わっている

マヌエルさんも、「文句なしに彼が一番!」と。



日本で、中原くんのような、舞台をこなせるフラメンコの

男性フラメンコ舞踊手は非常に少ないので、

とても貴重な存在だと思う。

一つ、彼の良くなかったことは、本選で身に付けていた、

シルバーの、驚くほどぶっとい faja(腰に巻く布)。

あれがなければ、もっとスラリ&スキッとした

身体に見えたのに~!

とにかくこれからも、どんどんフラメンコを勉強して

スペインの舞台でも活躍できるアーティストを目指してほしい。




本選で闘った、他の9名の踊り手の皆さん全員、

本当に大健闘でした。

総評として、

コンクールの舞台、という根本的な知識のもとに、

振付けと構成を考えての踊りの準備が足りなかった事。

それをタブラオで踊ったらバッチリだけど、

今ここは、コンクールという劇場の舞台ですよ、

と、何度も思ってしまった。

その点、第2位になった谷口祐子さんは、

それをしっかりとこなしていた。

実は、彼女は審査員であった石井智子さんの生徒さんで、

それは審査員の全員が知らず、

智子ちゃんもそれに関して誰にも何も言わず、

谷口さんの審査には加わっていない事が後になってわかった。

それを知らない私は、

谷口さんの技術は正確で良いと思ったけれど、

彼女の、作り笑顔に見えてしまう表情が

ど~しても気になって(谷口さんゴメンね!)

智子ちゃんに、それを遠慮なく言ってしまった。

智子ちゃんも、「そうでしょそうでしょ!」と

強く同感してくれたのだけど、

後で、生徒さんと聞いて平謝り!

でも、ミラグロスが、谷口さんの表情がとても自然で

「2番目に彼女がイイ!セビージャに彼女が来たら

私が指導してあげる!」と強く推した。



表情の話で言うと、

ソレアを踊った大久保晴菜さんと

タラントを踊った藤井里枝さんが、

せっかくしっかり踊っていたのに

ソレアとタラントのカンテに対して、

なぜ時々笑顔で踊るのか、とても気になった。

口を食いしばった時に、笑顔に見えてしまうのか、

もし私の誤解だったら申し訳ないので、

気にしないようにしたのだけど、

同じ意見の審査員が何人かいらしたので

やはりそう見えたんだと思ったけど。。。

ソレア、タラントのカンテに集中して、

そのカンテの奥底にある意味や背景、

そして今、バックで必死に歌ってくれている

カンテを、心で感じているのなら、

笑顔は出しにくいと思う。

だから、とても表面的な踊りに見えてしまった。

BGM的に聞いて、”振付” を踊っているなと。

でも、もしご本人たちが笑顔のつもりは

一切なかったとしたら本当にごめんなさい!

笑顔が原因で入賞を逃したわけではなく、

やはり、詰め込み過ぎの踊り が理由。



松田知也くんは、彼の独自の世界を持ち、

舞台空間をこなし、とても良かったのだけど、

タラントで白のタキシードのような衣装と、

少し劇的な振付で、フラメンコのタラントを

感じられなかったのが残念だった。



最後に、海外留学賞を獲得した

小さくて可愛い伊藤笑苗さん。

まだまだ伸びしろのある高い身体能力があり、

何よりも「若さ」!

若いんだから、スペインでしっかり勉強してほしい

という、審査員一同の意見。

ただ、本番で歌われたファルーカの歌は、

マルワのコンクールの決選では考えもの。

歌われた方のお人柄は絶対に良い方だと思うのだけど、

フラメンコをあのように歌ってはいけない。

コンクールに参加しているのは

踊り手だけでなく、歌い手とギタリストも同じチームだし、

何よりも、踊り手がどれだけ、カンテとギターに対して

感じ、応えるか、がフラメンコの原点であり、

そこも審査の大きなポイントなので、

良く考慮して選ぶべきだと思う。



お一人ずつの意見を書いたら、エラく長くなるので

特徴だけ選んで書きました。

とにかく、今回入賞に選ばれなかったって、

これからもどんどんチャレンジしたらといいと思う。

マルワのコンクールでは、これだけの山を乗り越えて

本選に進むんだもの。

どれだけの勉強と経験が、

目に見えないところで自分の大きな財産となるか。

こんな貴重なコンクールに、参加するだけでも

大きな意義があると思う。

皆様、本当にお疲れ様でした!

                     3月4日







 



















# by amicielo33 | 2019-03-04 18:15  

松本青樹さんの写真

ホームページをリニューアルしてから

HP作成をしてくださった、超優しいNさんが、

私自身で、HPの内容を色々と操作できる方法を

丁寧に指導してくださったお蔭で、

HPに手を加える醍醐味を覚え、

今のところ、ちょこちょこと手を入れているのだ。



それで、HPの「ギャラリー」という

過去の舞台写真を掲載するページがあるので、

大昔にさかのぼって、お蔵にしまっていた写真を

少しずつ、少しずつ、

HPにアップするようにしている。

というのは、決して、私の写真ってステキでショ!

などという意図でHPにアップしているのではなく、

私の舞台写真を、長年にわたって撮影してくださっている

「松本青樹さん」の素晴らしい写真を、お伝えしたいのだ。



私が松本さんと知り合ったのは、1995年。

もちろん私はスペインに住んでいて、年に数回、

日本に仕事のために行き来し始めた時代だ。

松本さんはカメラマンをお仕事としていらっしゃるのではない。

だから、お仕事の都合と、私の舞台の時間が

うまく噛みあった時に、撮影をしてくださっている。



松本さんの撮影ポイントは、

舞台空間で、踊る人が、何かを感じて

動いた時に発生する、身体、空気、衣装の動き、

そして、その動きと、まわりとの空間のバランス。

それを重要視して撮影なさる。

だから、空間の狭いタブラオでの撮影はしてくださらない。

(でもタブラオでも、昔のエル・フラメンコだけは、

ある程度の空間と雰囲気があり、

撮影するのにも、ちょうどいい場所があるとのことで、

エルフラでの撮影は、欠かさずしてくださった(笑))



なので、撮影する時は、

カメラを構え、そのまま身動き一つせず、

シャッターの上に指を置いたまま、

その瞬間が来るまで、ひたすら待つ。

絶対に、連写(連続撮影)はなさらない。



HPのギャラリーに掲載している写真の他、

素晴らしい舞台で踊らせていただいた回数は

もっともっとあるのだけど、

主催者側の承諾が下りない場合は、撮影不可なので、

そういう舞台写真は残っていないので本当に残念!

どの舞台も、思い出があふれていて、

舞台写真を見ると、

その時代に生きていた ”心” 

がフラッシュバックするのだ。




松本さんは昔から、一度としてお金を受け取らない。

大変な撮影に対して、私としてはあまりにも申し訳ないので

「お願いですからお金を払わせてください」

と松本さんに言うと、

「こうしていつも、たくさんの良い写真を撮らせて

もらっているので、お金を払うべきなのは

私の方なんですよ」

と、いつも笑ってサラリとかわされる。




新しいHPは、写真の掲載量は無限大にあるとのことで、

それじゃあ、今まで撮ってくださっていた

松本さんの舞台写真を掲載して、

(被写体は私で申し訳ないけど(T_T)

松本さんへのお礼を込めて、

皆様に見ていただきこうと思い、

少しずつアップするようにしているのだ。

お時間のある時に、どうぞご覧くださいね!


      
                     2月22日













# by amicielo33 | 2019-02-22 13:50  

面白かった!「葛飾北斎」

ブログ、このところ、頑張って書いてるでしょ。

(いつまで持つかは、わからないけど)


さてさて、

「HOKUSAI 新・北斎展 UPDATED」を観てきた。

ずっと前から北斎の画が好きで、

やったぁ~!という気持ちで、スキップして観に行った。

(ポスターの上が、ライトで明るくなっちゃった)
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北斎が、20才の時に浮世絵師としてデビューしてから

90才で死を迎えるまでに創り上げた数々の名作品。

時代と共に、画号(画家としての名前)を30回も変え、

その度に、描く画風が次々に変わる。

北斎が50才くらいまでは、実に繊細で緻密。

天才って、描く対象の描写はもちろんだけど、

対象物と空間のバランスが絶妙だなぁと

つくづく感心してしまう。



その時代を経て、あの有名な

『北斎漫画』が誕生する。
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作品一つ一つが、

実に表現豊かで、「生き生きとしている」

という言葉がぴったりとくるのがわかる。

描かれた身体から

ユーモアで、庶民の人間臭さが漂い、

目が釘付けになる。
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その後、60~70才の頃に

最も北斎の名を世に示した

富士山を主題として描かれた、

大判錦絵による風景画揃物の中の、

『冨獄三十六景 神奈川県沖浪裏』。

あの、世界的に有名な、うねり狂う波の画だ。
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展示会場に入り、各時代に生まれた作品をずっと観てきたからこそ

この作品にたどり着いた時、思わず感動してしまう。

あの時代に、写真なんてなかったのに、

波一つ一つの描写の、何という力強さ。

何という素晴らしいバランス感覚。



北斎が亡くなる時に

「あと10年、いや5年命が保てば、真正の画工になれたのに」

と、言い残し、息絶えたと説明にあった。

一生涯、画に懸け、

一生涯、最高の作品を追い求め続けた人だったのだろう。

心から頭の下がる思いがする。



天才・葛飾北斎の作品を、一度は観るのをお勧めします!

そして、作品一つ一つがとても小さく、

ものすごく繊細な作品が多いので、

混んでいない時間に、

画にうんと近づいて、ゆっくりと鑑賞するのがお勧めです。

ヘッドホンの案内ガイドも借りると、

内容もわかり、もっと楽しめますぞ。

また観たいなぁ~!

天才って、すごすぎますワ。


                    2月10日














# by amicielo33 | 2019-02-10 20:33