疲れたけど面白かった舞台「カルメン」

8月4日から7日まで公演された、舞台「カルメン ドン・ホセの告白」。

やっと、やっと終わったぁぁぁ!!!

本当に大変だった! 本当に疲れた! でもたまらなく楽しかったぁぁぁ!



振付家の上田遥さんが、今回は演出も行い、

主役は、『ダイアモンド☆ドッグス』 というカッコいい7人組の男性たち、

そしてバイオニストの川井郁子さん。

それに、中国からの特別ゲストの 宗唅(しゅう・はん)さんや

さらにクラシックバレエ界からや、私はフラメンコ界から、などなど、

毎回上田遥さんは、様々なダンスと音楽のコーポレーションで舞台を創り、

お客さんを楽しませてくれるのだけど、

今回は、生演奏のバイオリンをしながら川井郁子さんはカルメン役をこなし、

ダイアモンド☆ドッグスのリーダーである東山義久さんがホセ役。

カルメンの夫役に、ダイアモンド☆ドッグスの、森慎吾さんが、

強烈な個性をブッ飛ばしたキャラクターでお客さんを魅了し、

カルメンのストーリーを、今回は新しい発想で演出され、

演奏あり、踊りあり、演技あり、歌あり、で、実に盛りだくさんに舞台が繰り広げられた。




この舞台稽古は、7月11日から始まり、3週間でゼロの状態から全てを創りあげ、

本番は、8月4日(木)~7日(日)までの計6公演で、

草月ホールは全て超満員。

劇場は、ダイアモンド☆ドッグスの熱いファンの方々でも溢れかえり、

でも、単にキャーキャー言うミーハーのファンではなく、

落ち着いたファン層だったので、応援の心が強く温かく舞台に伝わり、とてもいい感じだった。




それにしても、お稽古開始日から本番が終わるまでの約1ヶ月弱の間、

いやはや、本当に、本当に、本当に大変だった。

もちろん休みなどなしで、毎日最低4~5時間はお稽古場に缶詰。

私はさらに自分のクラスがあるので、毎日ダッシュで帰り、

夜遅くまでクラスをやって、寝て、すぐにカルメンのお稽古、という繰り返し。

そして毎日、毎回、毎時間、次々と踊りや演出面で、注文がノンストップで出されるし、

フラメンコとは関係ない動きや踊り、演技、歌をマスターしなくてはいけないし、

かなりの場面展開毎に様々な手順があるので、それに追われまくられ、

頭も体も極限にパンパンになってしまった。




ところで、、、

実を申し上げると、ダイアモンド☆ドッグスというグループを、失礼ながら私は存じ上げず、

若い男性たちで、お化粧もバッチリしているチラシの写真を見て、

お稽古で顔を合わせるまでは、チャラい男性グループかと思っていたのだ。(ゴメンね~!)

ところがドッコイ!と~~~~んでもございません!!!


彼らの頭の回転の良さと早やさ、どんな複雑な踊りの振付も、1発で覚えるし

振りを覚えるだけでなく、その瞬間に、演出家のやりたい事を全て把握して、

次々とムダなく動き、全て臨機応変に対応し、

踊り以外、演技も、間の取り方も、自ら的確に入れていくのには、

もう完全に脱帽もの。

フラメンコのパルマも、バストンを使ってのリズムだって、

なんと、1発でコンパスを理解して、1回理解したら、もうそれ以降、絶対に崩れない。

安定したコンパスを絶対に入れてくれるので、コントラも実に楽に入れる事が出来る。

とにかく、「1発で何事もマスターしてしまう」 のだ。



ちょっと、ちょっと~~、なんでそんなに全て出来ちゃうの? と

私が理解できずにアタフタする度に、必ず優しく説明してくれるトシくん(小寺利光くん)は、

「いや、そうしなきゃいけないし、そうするのが当たり前だから」 と。

毎日、ダイアモンド☆ドッグスの彼らの賢さに感心するばかり。

彼らが作る音楽も、歌唱力も、演技力も、ひたすら感心するばかり。

そんな彼らと一緒に踊り、演技し、何場面かはミュージカルのように歌って、

いやぁ~本当に楽しかったなぁ~。

バイオリニストの川井郁子さんも、心の全てをバイオリンの音で表現して、

本当に素晴らしいの一言!美人だし、カルメン役にバッチリ。

ホセに抱きかかえられ、のけぞって、よくあの態勢で、

あの素晴らしいバイオリンを演奏が出来るもんだ。 




全員が、本当にハイレベルのアーティスト達ばかりなので、

ミスというものは決して許されなく、気が抜けない。

でも、緊張の中とはいえ、男性たちのユーモアとイタズラに溢れ、笑わずにはいられない。

大変なお稽古だったけど、素晴らしいアーティスト達の演奏、踊り、演技を、

思う存分に見て、聞いて、味わって、楽しませてもらった。

そうして本番に突入し、

本番で、全員の熱い気持ちと爆発力が加わるのだから、

そりゃ当然、楽しくて面白い舞台になるに決まってる。




いつまでここに掲載できるのかわからないけれど、

朱さんを追って、中国からテレビ局がお稽古の初日から密着取材をして、

お稽古風景や本番も、中国放送を通して全国に放映された。

その様子を見てくださ~い。

https://m.v.qq.com/page/o/l/b/o0319ecl8lb.html?coverid=&from=timeline&isappinstalled=1



さぁ、これで今月末のエル・フラメンコのラストライブに集中します!

まだ疲労が頭に残っているので、まとまりのないブログでごめんなさい!


                                    
                            8月11日
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# by amicielo33 | 2016-08-11 19:37  

   ブレリアでノイローゼ?

生徒や、まだ経験の足りない研究生が、

タブラオなどで、最後に行われるフィン・デ・フィエスタで

ブレリアをちょこっと踊る事に対して、

「ブレリアなんて踊れません!」 とか口にするのを耳にする。



いやいや、フィン・デ・フィエスタでも踊れるブレリアは

既に、今までしこたま、レッスンでも、振付でも、散々やってきたのに~!

それを、フィン・デ・フィエスタなどでいつでも踊れるように、

一つで十分だから、忘れないようにして準備しておけばいいのに~!!!

と言いつつ、

その後、、、、、ムムムム っと思わず唸ってしまう。

実は、私もその昔、苦い思い出があるのだ。




前回のブログで、セビージャでフラメンコを勉強するきっかけになった、

セビージャで昔から開催されてきた、有名なフェスティバル、

『ビエナル・デ・アルテ・フラメンコ』。

このフェスティバルで、ディア・デ・ハポン(日本の日)という日が1日設けられ、

その出演のためのオーディションがあり、

それを受けにセビージャに行き、

そのついでに見学した、地元のスタジオのレッスンを見て衝撃を受け、

現地に根付いた本物のフラメンコを、私は何も知らない!という事で、

そこから、本格的に腰を据えて、フラメンコの勉強をする決意をしたのだ。



その、ビエナルで踊れるチャンスはつかんだものの、

最後は、フィン・デ・フィエスタで締めくくることになり、、、

さあ!そこから、私の地獄が始まったのダ。



今の時代、ブレリアとは何かとか、どんな感じかとか、

ブレリアの踊りもどんなので、どうすりゃいいかなど、

YouTubeでも、紙面の資料などでも、簡単に知ることが出来るけど、

なんせ、あの昔、一切そんなものがない時代、

フィン・デ・フィエスタで踊るブレリアがどんなものかなど、

日本から、フラメンコを何も知らずに勉強しに行った

アタシが知るわけないじゃぁないですか!!!

だから!その日から、私の地獄が始まったのダ!




本番まで1ヶ月くらいあったと思うのだけど、

とにかく、あまりにも無知な私+情報を得る手段がない時代に生きることで、

まったくどーーーやっていいのか、皆無の状態。

この状態を、今に例えてどんな感じかと説明すると、

ネット情報、YouTube、資料、テレビなど全くない状態で、

アフリカとかインドとかのお祭りで、即興の踊りを

あなたも1ヶ月後に舞台で踊りなさい、と言われた感じ。




昔のビエナルは、8~9月とかの真夏に、

1ヶ月半近くの毎夜、セビージャの町の中にある数々の劇場などで、

時間差で、カンテ、ギター、踊り、と分けて行われていた。

そして、その中でも、『Hotel Triana』 (ホテル・トゥリアーナ)という場所は特別で、

中央がとても広い中庭、というか広場になっていて、

その広場を囲むように、昔ながらの雰囲気の良いホテルの客室が並んでいて、

その広場でフラメンコが行われる。

ここでは、だいたい夜の11時頃から始まり、夜中の3時過ぎまで続く。

スペインの夏の夜は、灼熱の昼と真逆で、実に気持ち良くて過ごしやすい。

気持ちが良いのと、歴史があるので、特にここは地元の人が中心に集まる、

いわゆる ”通な場所” という感じだった。



このビエナルが、小さな集まりとかパーティーとか、

それくらいの小さい規模ならいいけど、

ビエナルっていやぁ、アンダルシアのフラメンコの一大イベント。

それに、フラメンコ好きなセビージャ人たちが集まる、ツウな場所、

そして昔は、ほぼ全てのビエナルの催し物にテレビ撮影が入っていて、

バッチリと中継される。

そんな、卒倒しそうな過酷な状況で、

100%ムチな私がブレリアを踊れってか???!!!




カンテとギターがバックでガンガン続いて、

それに対してなす術もなく、

舞台の上で、蒼白になって立ち尽くし、

それをテレビが中継し、

地元の通の人が固唾を飲んで、中にはバカにして笑っている人もいる、

という悪夢で、朝は飛び起きる。すでに冷汗でビチョビチョ。

目が覚めた後から、一日中、まさに何をするにも、

頭の中は、

ブレリア ブレリア ブレリア どうしよう どうしょう ブレリア ブレリア どうしよう 

ブレリア どうしよう ブレリア ブレリア ブレリア ブレリア どうしよう どうしよう

という言葉だけがグルグルと回り続け、


かろうじて持っていたCDのブレリアを聞いたって

まず、ブレリアのカンテがどうなっているのかもちんぷんかんぷんだし、

今までフラメンコを勉強してきた環境の中で、

一度として、ブレリアとは?なんていう話も、教えも聞いたこともないし、

そんな状態で、急にブレリアのカンテを聞いたってわかるわけない。

ましてや、そのカンテに、どう踊ればいいなんて、

そりゃ、100%お手上げ状態。



だから、CD聞いたって、余計に、恐怖のどん底に落ち続けるだけで、

あの時代、スペイン語もわからないし、

言いようのない恐怖と不安だけで、

睡眠もほとんど取れず、食事も喉に通らなくなり、激痩せして、

目だけは、「どうしよう!」という気持ちだけで、ガッと見開いたまま、まばたきの回数も減り、

ああ、このまま私はノイローゼになって、そして気が狂ってしまうんだろうな、、、と。

自分がどこにいて、何をしてるかもわからなくなる時があり、

本気で、逃げるか死ぬか、どちらかの選択をするまでになり、

とにかく、頭が完全にやられてた。 

まさに、死刑の日を迎えるような思いだった。




って、今、あの時の、自分の頭の中を再現して、

そのまま書いてみたけど、

ホント、今の私が、あの時の私を振り返ると、

一言、「バッカみたい~!!!」 なのだ。

たかが、ブレリアで!!! 

あ~~~くだらない!!!

たかが ブレリアで!!!

本当に、バカみたいだったのだ。



でも、あの時代、何も情報も知識も一切ない、あの状態では、

本当にどうしようもなかったのだ。



結局、ホテル・トゥリアーナで、本番の勝負曲の踊りを終え

そしてフィン・デ・フィエスタは、、、、記憶にない。

とにかく、踊ったみたいだ。

その後、打ち上げで出演者達みんなでグアダルキビール川岸に行き、

出演者の中に、画家の堀越千秋さんもいたので、

大親友であるへレスのアグヘータ(偉大な歌い手)も一緒に合流し、

明け方の川岸で、アグヘータが次々と歌った。

私は、終わった事でもう完全に脱力状態で、話す力も、立っている力もなく、

ベターっと座り込んでいた。

 ”ああ、セビージャに私はいるんだ・・・” と、なぜかこんな事を思った。




あの、気が狂いそうな恐怖の毎日は、今でも忘れられない。

でも、本当にいい経験になった。

自分の無知さを、どれほど思い知らせれたか。

だから、あれからカンテに対する自分の無知さを身を持って知り、

そしてカンテの重大さを痛いほど思い知り、

だから、あの時から勉強した。




今の時代、な~~~んでもある!

な~~~~~んでも簡単に情報が手に入る。

な~~~~~んでも簡単に目と耳にすることが出来る。

だから、今の時代、フラメンコを勉強している人は恵まれていると思う。



だ・け・ど・・・

恵まれ過ぎて、重大な事をたっくさん、見逃してしまっているんだよなぁ。


                                7月4日




















  
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# by amicielo33 | 2016-07-04 18:06  

  ものすご~く感心したこと

ブログにも書いたけど、今年の4月25日と26日に岡田昌已先生のリサイタルがあった。

その際、マサミ先生がスペシャルゲストとして、

歌い手、エスペランサ・フェルナンデスをスペインから招聘した。

今日は、そのエスペランサの事で、すごく感心した事を書こうと思う。



エスペランサがまだ若い頃、ヒターノの有名なフラメンコ一家、

「ファミリア・フェルナンデス(フェルナンデス一家)」 の一員として

彼女の家族と一緒に、いつもテレビやフェスティバルに

出演していたのを、私もスペインに住んでいたのでいつも見ていた。


そのうちに、エスペランサはどんどんと出世して、

フラメンコだけをジャンジャン歌う、カンタオーラだけではなく、

一流のオーケストラとの共演など、

実力を伸ばして、スペインの一流のコンサートにも幅広く出演するようになり、

フラメンコ界だけではなく、

立派な一流の歌い手として活躍をしている。

とまぁ、ここまではエスペランサの説明。




そんな彼女と、マサミ先生の舞台でご一緒できるなんて、

昔から彼女を客席から見ていた私としては、

彼女の生のカンテを、目の前で毎日聞けるチャンスとなり、

ヒャッホー!と喜んでいた。

そして、マサミてんていのリサイタルも終わり、

マサミてんていのリサイタルの次の日に、高円寺のカサ・デ・エスペランサで

彼女の特別ライブが行われた。

スペインの大劇場でいつも歌っている彼女にとって

パンパンに入って80名の場所はあまりにも小さ過ぎる、と残念がっていたけれど、

それでもプロ意識の高い彼女は、最高のライブを務めたそうな。



って、私もぜぇぇぇ~~~ったいに行きたかったけど、

この日に限って、10日後に迫っていた生徒の発表会の照明合わせと重なり、

チョチョ切れる涙を飲んで断念したのだ。

って、これはどーーでもいい事で、

肝心なことを今から書きまっせ。



日本でも大人気のエスペランサなので (←歌い手の)

超満員になったエスペランサで (←高円寺の)

マサミてんていが 彼女のカンテを、ステージから一番遠い位置にあたる、

1階のトイレのところで立って聞いていたそうな。

そしたら、彼女の歌声の低音がものすごく響き、

そして低音を歌う、声の伸びがものすごい事にも驚き、

(通常、エスペランサの張りのある高音が耳にギンギン入ってくる)

マサミてんていはひたすら驚き続けたそうな。



そして、彼女のライブが終わってから、マチャミてんていがエスペランサに、

「あんたの声の低音が、こんなに伸びのあって、

高音よりも、胃に響く素晴らしい低音の声を持っていた事にものすごく感心したワヨ」

と、言ったそうな。

そしたら、エスペランサが、

「よくそれに気が付いたワネ! それに気が付いた日本人は初めてヨ!

実は、私が歌う時に得意としているのが、低音の歌の部分なのヨ」

と言ってすごくマサミてんていの感想の言葉に喜び、

そしてエスペランサが教えてくれたことに、マサミてんていがエラく感心し、

後日、マサミてんていが私にその話を教えてくれて

私も心の底から、メチャメチャ感心したのだ。



その内容と言うのが、、、056.gif




彼女がまだ若くて、フェルナンデス一家の一員で活躍していた時に、

彼女のパパ(歌い手 クーロ・フェルナンデス)に、

「これからもっとプロとして活躍したい」 と言ったそうな。

そしたら、クーロはすごく怒って、

「いいか、一流のプロになるのは、そんな甘っちょろいことじゃなれないんだ。

本気でプロの第一線で活躍したいのなら、まず、『発声』 から徹底的に勉強しろ!」

と言って、

それから、8年間もの間、

エスペランサは歌の発声教室に通い続けたとの事。



これって、あまりにもスゴクない???005.gif071.gif005.gif

ヒターノの血を引き継ぎ、

生まれた時から、フラメンコの環境にどっぷりつかり、

小さい時からすでにプロの歌い手として活躍していて、

それなのに、「発声の教室」で、一から発声を学び、

それも、ジプシーが、授業代金を払って、教室に通う、、、、

それも、8年間もの間、、、



もうこれはこれは、、、、ひたすら感心するばかりで、

彼女のプロ根性と、芸術と歌に対する真摯な気持ちと真面目さ、そして真剣さに、

いやいや、脱帽しかありません。

そして、ヒターナの我が娘に、ヒターノのパパ、クーロが、

よくぞ、「発声」から勉強しろ!と、叱咤激励して、娘を教室に通わせた、、、と、

いやはや、クーロにも心からの尊敬の拍手をパチパチパチ!!!



日本では、ちょびっとだけカンテを習って、

スペイン語はしゃべれず、カタカナのスペイン語で歌い、発声すらちゃんと出来ず、

要するに ”フラメンコの歌い手” として全く勉強も準備も出来ていない人が、

簡単に高いお金を取るプロとなり、たっくさんのステージに出ているけれど、

エスペランサ・フェルナンデスのこういう話を聞いて、どう思うんだろう。。。

と、すご~~~く思っちゃった。



とにかく、フラメンコ文化を学ばさせてもらい、職業とさせてもらっている者として、

心から頭が下がり、改めて身が引き締まる思いをさせられました。

エスペランサ(←歌い手の)、 さすがです!


                                      6月18日
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# by amicielo33 | 2016-06-18 22:16  

  行ってきました!

年に一度は必ず実現したい、私の旅。

外国はあまり興味なく、やはり、素晴らしき日本でしょ!

そしてもちろん、私の”大好きな運転” をしながらの旅。


今年もスタートは、伊勢参拝。

伊勢神宮への参拝は、10年前から毎年欠かさずに続いている。

無事に1年を過ごせた感謝を伝える。

伊勢から、淡路島~今治~しまなみ海道~岡山~姫路 2000kmの運転。

旅した5日間、全てお天気に恵まれ、

面白そうな場所を探しながら運転をしまくって移動。

かなり色んな場所を巡り、その中から、印象的だった場所をお伝えま~す!




まずは、淡路島。


古事記・日本書紀では

イザナギ・イザナミの2人の神様が、まだ何もない海原に降り立ち、

その海面をかき回して持ち上げた矛(ほこ)から滴り落ちた、しずくが島になったとされていて、

この島が、「おのころ島」 つまり 「絵島」。

つまり、日本という国土はこの絵島がスタートで、それから淡路島、そして四国から全土へと

イザナギとイザナミの神様が日本を産んで(創って)いかれたそうな。



   これが 「絵島」!  ちっちゃな島ダヨ!
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   絵島は不思議な地層で出来ていて、何気に癒される手触りと色でした
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   私は、植物園ってーものが好きで、ここ淡路島でも行ってきました。

  「奇跡の星の植物館」 という、植物園にしてはとてもおしゃれで素敵な所
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   このお花 面白いヨネ
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   なぁ~んか癒されました
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   淡路島は、美味しい「玉ねぎ」の生産地として有名なので、丸ごといっちゃいました!
   甘くて美味し~い!
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   さすが! 玉ねぎキャッチャーまでアリ!
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   四国の今治から岡山まで、瀬戸内海に点在する美しい島を渡る しまなみ海道
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しまなみ海道では、大島~伯方島~大三島と渡り、生口島にある「耕三寺」というお寺に入り、
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  このお寺の頂上に上がると、突然、「未来心の丘」という、
  実に不思議で、壮大な総大理石の庭園がドーンと現れてビックリ!なんじゃここは?
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    やけに広いのダ
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ここから岡山に移動

   この写真じゃわからないけど、これが日本一高い場所にあるお城 「備中松山城」
  このお城にたどり着くまでも、すごい階段をひたすら上り続ける
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  お城がある場所から撮った景色  ほらね、高い山の上なのヨ、ここは
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 おとぎ話・桃太郎の中の、温羅(うら)という鬼が ここ「鬼の城」を活動拠点としていたそうな
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  この鬼の城も、鬼城山という山の頂上に建ってます  高い所でしょ、ここも
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  桃太郎のモデルとなったのが、この大吉備津彦命を主祭神とした「吉備津神社」(きびつ)
  これは吉備津神社の廊下の写真だけどね
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  桃太郎に出てくる「きびだんご」って知ってるでしょ ここ吉備津がきびだんご発症の地デス

  
 さて、岡山から真っ直ぐ東京に帰るものもったいないので、、、 


 ここは兵庫県にある純白に輝く姫路城!(お城が続いたけど私は城マニアじゃないヨ)
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ここに写ってる写真以外、もっと もっと も~っと多くの土地を訪れました。

その中でも、「国生みの地」 といわれる淡路島と、

「桃太郎伝説の地」、岡山の吉備路が、今回の旅では特に印象的でした。

また来年も、日本の素敵な場所をめぐるぞ~!

                                        6月7日




  
   
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# by amicielo33 | 2016-06-07 19:01  

   エル・フラメンコ そして竹内店長

新宿伊勢丹会館の6階に、1967年から現在に至るまで、

日本のフラメンコ界に多大な影響と歴史を残した「エル・フラメンコ」が、

9月の頭には閉店してしまう。

本当に残念で、そして寂しい。

まだ今のところ、普段通りにお店とショーは営業しているので

閉店と聞いても、今一つ、現実味を感じないのだけど、

もし、閉店してから伊勢丹会館の6階に行って、

あのエルフラがなくなっているのを目の当たりにする、

その瞬間を想像すると、

たまらなく寂しい気持ちに襲われる。




客の側から要望を言わせてもらうと、

そりゃぁ、これからも永遠に、エル・フラメンコは存在していてほしい。

でも、営業する側からすると、


◆ 6ヵ月もの間、日本に滞在できるスペイン人アーティスト達

◆ お客さんを楽しませ、また観たいと思わせるだけのレベルを持っている

◆ グループのトップを務める事の出来る踊り手を筆頭に、

  それに従う、踊り手達と歌い手、ギタリストを集める


これらを揃えるだけでも、えっらく大変な事だと容易に想像出来る。

もちろん、スペインにはこのような人材を集める事務所はあるとしても、

日本側だって、それが本当に良いグループなのか、

予備知識がかなりないと受け入れられないし、

6ヵ月の間、スペイン人達の中で何も問題もなく、

仕事をちゃんとしてもらって、お金を儲けさせてあげてスペインに帰国させる、

何でもない事のように聞こえるけれど、

エルフラが受け持つスペイン側への責任は、相当なものだと思う。

そして、フラメンコなどという特殊な舞踊を、年間通して

一般の人を対象に満席まで集客するのは本当に大変だと思うし、

きっと大きな額の赤字を保ちながらも、

日本国内で唯一存在する、”スペインのタブラオ” を

49年間ずっとずっと営業して、フラメンコ愛好家たちに楽しみの場を

提供し続けてきてくれたのだ。



エルフラに通っていらっしゃるみなさんは、もちろんご存知だと思うけれど、

背がひょろりとしていて、ものすごくお店の中を動き歩き回って、

口は悪いけど、そして人に対しての好き嫌いがハッキリしている(らしい)けど、

すっご~く親切で、すっご~く温かいお人柄の 『竹内店長』。

昔だけど、私のスタジオに来てくださった時  目閉じちゃってるじゃん
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以前、竹内店長に用事があって電話したら、

  店長: 「うるせ~な、今、仕事が忙しいんだよ」

          と言って、ガチャッと電話を切っちゃうから、

          私も負けじと、直ぐに電話をかけなおして、

    私: 「竹内さん、なんで電話切っちゃうのよ!用事があるんだっつーに!」

   店長: 「るせ~なぁ、 何だよ、その用事ってーのは?」

              と、超不機嫌な返答をするので

    私: 「竹内さん!ちゃんと用件聞いてよー!」

   店長: 「早く言えよぉ こっちゃいっそがしいんだよ~ ったく~」 だと。


まぁ世間一般でこんな返答をされたら、めちゃめちゃショックか

めちゃめちゃ腹が立って、もう一生顔を合わすもんか!と思うだろうけど、

なぜか、竹内店長とこんなやり取りしても、逆に可笑しくて、面白くて、

電話切られた後も、なんだよ~と思いながらも笑っちゃうのだ。

これも、竹内さんのお人柄を知ってるからかな。



んで、私が今日書きたいと思ったのは、

エルフラが閉店になるなんて夢にも思っていなかったので、

今まで口にはあまり出す機会がなかったのだけど

私は、エル・フラメンコと竹内さんに本当にお世話になり、

踊り手として成長させてもらえたのも竹内さんのお陰なので、

心から感謝の気持ちとお礼を言いたいのだ。



私が初のリサイタルをしたのは、1993年の3月、エル・フラメンコでだった。

1988年の2月に片道切符でスペインに渡ってから

5年間は日本に帰らず(帰れず)、

この5年、死にもの狂いでスペインのフラメンコの猛勉強に励んできたけれど、

今の自分は人様の前で一人だけの舞台を務めることが出来るのか? 

と思い、それならばリサイタルをやっているべと挑戦してみたくなり、

クルシージョという形で短期講習を始めたのは私が元祖なんだけど

これなら日本でフラメンコを責任持って人に教えられるかもしれないとも思い、

んじゃぁ、それを全部まとめてやってみるべ!と、

1993年に初めて日本に戻って、初めてクルシージョを開始して、

初めて自分のリサイタルをやったのだ。



その時以来、私はスペインを起点として日本とスペインを行き来していて、

日本にいる時に、竹内さんに少しずつ声をかけていただけるようになった。

今の時代、あり得ない事なんだけど、

竹内店長が、

「アミちゃん、今夜、スペイン人のショーのメンバー足りないから入ってよ」 と言って、

私がなぜか、普段やってるスペイン人のショーに入って踊らせてもらったり、

劇場で、私の舞台の千秋楽を迎えた次の日に、

「同じものをエルフラでやってよ」 と、竹内さんがエルフを提供してくださったり。

初リサイタル以来、ちょこちょことお声をかけてもらっていたのだけど、

2006年のエルフラ創立40周年記念の年から、

毎年、3月とか4月とかの1ヶ月の水曜日を全て受け持つように頼まれ

それを2013年まで毎年続けてやらせていただいた。

最後の方は、4週全て満席にするのが疲れてきて、2週とか1回のみとかに減ったけど、

昔からの私のお客さんは、毎年のエルフラでのステージを楽しみにしてくださった。




それにしても、エルフラでのステージ創りがどれほど勉強になったことか!

自分の踊りに対する責任はもちろんだけど、

エルフラのステージを提供していただく嬉しいチャンスと同時に

エルフラでのステージという、何か特別の雰囲気の責任感。

劇場と違う、でもちょっと劇場っぽいタブラオのエルフラで、

1曲、1曲をただ、アレグリだ、ソレアだといってお見せするのとも全く違う、

全体を通してクオリティーの高い一つのステージに仕上げなくてはいけない。

そんな、最高の勉強となるステージ。

エルフラでのスペイン人達のステージは、長年、佐々木孝尚さんが照明担当。

照明がコンパスに100%完璧に入る、彼の熟知されたフラメンコと見事な照明技術の合体。

そんな素晴らしい照明と、サパテアードの音のごまかしが一切きかない、

一粒ずつの音が気持ち良く聞こえる、エルフラの素晴らしい板質と音響も、

とにかく、フラメンコを踊るのに、全てにおいて完璧なステージ。

そんな素晴らしいステージで踊るチャンスを、長年与えてくださった竹内店長には

心からの感謝の気持ちしかない。




実は、、、2014年からさすがに疲れてきて、さらに別の舞台がたまたま

竹内店長が声をかけてくださる月と重なってしまい、2年、お断りしていた。

そしたら、なんと、今年で閉店になっちゃうとは。

そしたら先々月、

「ねぇねえ、8月28日(日)の夜、空いてっからサ、アミちゃん、やってヨ」 

と、竹内さんが穴埋めに私に声をかけてくださったのだ。 ←悪い表現

閉店と聞いてから、まさか踊らせてもらえるとは思っていなかった。



それならば、エルフラのステージに初めて立った時から

23年間もの間、たくさん大変お世話になってきた事と、

さらに、2004年に私がスペインから引き揚げて、日本で開設した頃から

私のスタジオに通って来てくれている生徒にも、

一緒にエルフラでのラストステージに立ってもらおうと思い、

私を成長させてくれたエルフラと竹内さんに

(実際には何のお礼も出来ないけれど) 心から感謝の気持ちを込めて、


    「 Con todo mi corazón 」 


という、心を込めて という意味のタイトルで、

エル・フラメンコに対してお礼の気持ちを込めて

ラストとなるステージに立ちたいと思ったのだ。

その時を考えたら、、、、ものすごく感慨深い気持ちになる。




エル・フラメンコ、 そして 竹内店長

本当に、本当に、今までお世話になりありがとうございました。

でも今のスペイン人のショーは、食事券が残ってるので後もう1回行くし ←なんつー

8月28日にどうぞよろしくお願いいたします。

心からの感謝の気持ちを込めて、私にとってエルフラでの

ラストステージを踊らせていただきます。


                                     5月22日
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# by amicielo33 | 2016-05-22 20:38