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   ブレリアでノイローゼ?

生徒や、まだ経験の足りない研究生が、

タブラオなどで、最後に行われるフィン・デ・フィエスタで

ブレリアをちょこっと踊る事に対して、

「ブレリアなんて踊れません!」 とか口にするのを耳にする。



いやいや、フィン・デ・フィエスタでも踊れるブレリアは

既に、今までしこたま、レッスンでも、振付でも、散々やってきたのに~!

それを、フィン・デ・フィエスタなどでいつでも踊れるように、

一つで十分だから、忘れないようにして準備しておけばいいのに~!!!

と言いつつ、

その後、、、、、ムムムム っと思わず唸ってしまう。

実は、私もその昔、苦い思い出があるのだ。




前回のブログで、セビージャでフラメンコを勉強するきっかけになった、

セビージャで昔から開催されてきた、有名なフェスティバル、

『ビエナル・デ・アルテ・フラメンコ』。

このフェスティバルで、ディア・デ・ハポン(日本の日)という日が1日設けられ、

その出演のためのオーディションがあり、

それを受けにセビージャに行き、

そのついでに見学した、地元のスタジオのレッスンを見て衝撃を受け、

現地に根付いた本物のフラメンコを、私は何も知らない!という事で、

そこから、本格的に腰を据えて、フラメンコの勉強をする決意をしたのだ。



その、ビエナルで踊れるチャンスはつかんだものの、

最後は、フィン・デ・フィエスタで締めくくることになり、、、

さあ!そこから、私の地獄が始まったのダ。



今の時代、ブレリアとは何かとか、どんな感じかとか、

ブレリアの踊りもどんなので、どうすりゃいいかなど、

YouTubeでも、紙面の資料などでも、簡単に知ることが出来るけど、

なんせ、あの昔、一切そんなものがない時代、

フィン・デ・フィエスタで踊るブレリアがどんなものかなど、

日本から、フラメンコを何も知らずに勉強しに行った

アタシが知るわけないじゃぁないですか!!!

だから!その日から、私の地獄が始まったのダ!




本番まで1ヶ月くらいあったと思うのだけど、

とにかく、あまりにも無知な私+情報を得る手段がない時代に生きることで、

まったくどーーーやっていいのか、皆無の状態。

この状態を、今に例えてどんな感じかと説明すると、

ネット情報、YouTube、資料、テレビなど全くない状態で、

アフリカとかインドとかのお祭りで、即興の踊りを

あなたも1ヶ月後に舞台で踊りなさい、と言われた感じ。




昔のビエナルは、8~9月とかの真夏に、

1ヶ月半近くの毎夜、セビージャの町の中にある数々の劇場などで、

時間差で、カンテ、ギター、踊り、と分けて行われていた。

そして、その中でも、『Hotel Triana』 (ホテル・トゥリアーナ)という場所は特別で、

中央がとても広い中庭、というか広場になっていて、

その広場を囲むように、昔ながらの雰囲気の良いホテルの客室が並んでいて、

その広場でフラメンコが行われる。

ここでは、だいたい夜の11時頃から始まり、夜中の3時過ぎまで続く。

スペインの夏の夜は、灼熱の昼と真逆で、実に気持ち良くて過ごしやすい。

気持ちが良いのと、歴史があるので、特にここは地元の人が中心に集まる、

いわゆる ”通な場所” という感じだった。



このビエナルが、小さな集まりとかパーティーとか、

それくらいの小さい規模ならいいけど、

ビエナルっていやぁ、アンダルシアのフラメンコの一大イベント。

それに、フラメンコ好きなセビージャ人たちが集まる、ツウな場所、

そして昔は、ほぼ全てのビエナルの催し物にテレビ撮影が入っていて、

バッチリと中継される。

そんな、卒倒しそうな過酷な状況で、

100%ムチな私がブレリアを踊れってか???!!!




カンテとギターがバックでガンガン続いて、

それに対してなす術もなく、

舞台の上で、蒼白になって立ち尽くし、

それをテレビが中継し、

地元の通の人が固唾を飲んで、中にはバカにして笑っている人もいる、

という悪夢で、朝は飛び起きる。すでに冷汗でビチョビチョ。

目が覚めた後から、一日中、まさに何をするにも、

頭の中は、

ブレリア ブレリア ブレリア どうしよう どうしょう ブレリア ブレリア どうしよう 

ブレリア どうしよう ブレリア ブレリア ブレリア ブレリア どうしよう どうしよう

という言葉だけがグルグルと回り続け、


かろうじて持っていたCDのブレリアを聞いたって

まず、ブレリアのカンテがどうなっているのかもちんぷんかんぷんだし、

今までフラメンコを勉強してきた環境の中で、

一度として、ブレリアとは?なんていう話も、教えも聞いたこともないし、

そんな状態で、急にブレリアのカンテを聞いたってわかるわけない。

ましてや、そのカンテに、どう踊ればいいなんて、

そりゃ、100%お手上げ状態。



だから、CD聞いたって、余計に、恐怖のどん底に落ち続けるだけで、

あの時代、スペイン語もわからないし、

言いようのない恐怖と不安だけで、

睡眠もほとんど取れず、食事も喉に通らなくなり、激痩せして、

目だけは、「どうしよう!」という気持ちだけで、ガッと見開いたまま、まばたきの回数も減り、

ああ、このまま私はノイローゼになって、そして気が狂ってしまうんだろうな、、、と。

自分がどこにいて、何をしてるかもわからなくなる時があり、

本気で、逃げるか死ぬか、どちらかの選択をするまでになり、

とにかく、頭が完全にやられてた。 

まさに、死刑の日を迎えるような思いだった。




って、今、あの時の、自分の頭の中を再現して、

そのまま書いてみたけど、

ホント、今の私が、あの時の私を振り返ると、

一言、「バッカみたい~!!!」 なのだ。

たかが、ブレリアで!!! 

あ~~~くだらない!!!

たかが ブレリアで!!!

本当に、バカみたいだったのだ。



でも、あの時代、何も情報も知識も一切ない、あの状態では、

本当にどうしようもなかったのだ。



結局、ホテル・トゥリアーナで、本番の勝負曲の踊りを終え

そしてフィン・デ・フィエスタは、、、、記憶にない。

とにかく、踊ったみたいだ。

その後、打ち上げで出演者達みんなでグアダルキビール川岸に行き、

出演者の中に、画家の堀越千秋さんもいたので、

大親友であるへレスのアグヘータ(偉大な歌い手)も一緒に合流し、

明け方の川岸で、アグヘータが次々と歌った。

私は、終わった事でもう完全に脱力状態で、話す力も、立っている力もなく、

ベターっと座り込んでいた。

 ”ああ、セビージャに私はいるんだ・・・” と、なぜかこんな事を思った。




あの、気が狂いそうな恐怖の毎日は、今でも忘れられない。

でも、本当にいい経験になった。

自分の無知さを、どれほど思い知らせれたか。

だから、あれからカンテに対する自分の無知さを身を持って知り、

そしてカンテの重大さを痛いほど思い知り、

だから、あの時から勉強した。




今の時代、な~~~んでもある!

な~~~~~んでも簡単に情報が手に入る。

な~~~~~んでも簡単に目と耳にすることが出来る。

だから、今の時代、フラメンコを勉強している人は恵まれていると思う。



だ・け・ど・・・

恵まれ過ぎて、重大な事をたっくさん、見逃してしまっているんだよなぁ。


                                7月4日




















  
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by amicielo33 | 2016-07-04 18:06