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      思い出した昔

今朝やっていた番組で、

「一人旅をしたい」 という言葉が芸能人たちの口から出て、

「一人で外国旅行をちょっとした時でも、

なんか、新しい自分、強くなった自分を感じられる」

という言葉を聞いて、

そうだよなぁ~、一人で見知らぬ外国に旅行したら、

さぞや、喜びと緊張と、そして怖さを味わって、

何かしら、自分に対して強さが生まれるんだろうなぁ~、

私も知らない外国に、旅行してみたいなぁ~」



と思った時に、

「充分に、自分で経験してるじゃん!!!」 

と叫び、

そっか、そうだったよな~~~ っと、何故か、たまらなくしみじみと、

過去の自分を思い出してしまったのだ。




今の時代、前回のブログに書いたように、

片手にスマフォさえ持ってりゃ、

その手の平サイズの機械で、

いつでも、どこでも、

その場で、超簡単に、

それも、ありとあらゆる情報を、瞬時に手に入れる事が出来る。

なんという、便利で贅沢な環境。

ガラケーしか持ってなくても、

家でも、仕事場でも、パソコンで簡単に情報が手に入っちゃう。




でも、私がスペインに留学した、今から28年前は、電話しかなかった。 

ファックスすらもなかった。

(私よりもっともっと昔に渡西した方達は、もっと不便だったと思う)

そして、私の若かりし頃の性格は、

‶もし何かあったらどうしよう” なんぞという、先の事を考えたり心配する事が出来ず、

行かねばならぬ、と思ったら、

とにかく行かねばならない、のみの、他の事はゼロの思考回路で、

スペインへフラメンコ留学に旅立ったのだ。




今の私なら、

スペインに着いたら、まぁホテルは日本から予約するとしても、

スペイン語を全くわからないで、その後の生活は?

と考えただけで、心臓バクバクになり、

冷汗が出て、トイレに飛び込みたくなる。


でも、昔の私なので、

片道の航空券だけを持って ←日本に帰る、ということは全く頭になかった

1週間滞在用のホテルだけ予約してもらって ←旅行会社で頼んだ

この二つだけを準備して、スペインに渡った。

もちろん、両親は心配でたまらなくて、色んな事を私に言いまくっていたのだけど、

完全に私の耳にフタをして、周りの人の心配してくれる言葉も一切耳に入れないようにした。



師匠の岡田昌已先生には、

「マドリッドのアモール・デ・ディオス(有名なフラメンコのスタジオ)は

アントン・マルティンという駅にある」

という事と、

「スタジオに行ったら、

メルチェ・エスメラルダ(あの時代、スペイン第一線の踊り手)のクラスを受けたらいい」

とだけ言われていた。



こうして、何も考えずに、イノシシのようにして日本を飛び出し、

旅行会社で予約を入れたホテルの位置とスタジオの位置関係もよくわからないまま、

夜遅く、マドリッドのバラハス空港に着いて、紙に書いたホテルの名前を

タクシーのオヤジに見せて、中心からかなり離れたホテルまで行った。

部屋に着いた夜中、喜びの全くない恐怖に包まれて、ほとんど寝られなかった。

ホテルは1週間分の予約を入れてあったので、

その1週間が全ての勝負の時、と決意して、

次の日から、本当に暗中模索状態でスタートした。



スペイン語がいっさいわからないので、聞くにも聞けず

とにかく、色んな地下鉄に乗り継ぎまわり、

ようやく、アントン・マルティン駅に着いた。

実際、駅から目と鼻の先にあるスタジオだけど、

生まれて初めて見る外国の、全てが石で出来ていて、犬のウンコまみれの路地。

スタジオがどこにあるかなどという、住所も電話も位置も、予備知識ゼロで、

手に持っている地図にフラメンコのスタジオなんて載ってるわけじゃなく、

道を聞くにも言葉もわからないし、人も歩いていないので、

結局、道に迷いまくり、泣きそうになりながら、

あの治安の悪い地区を歩き回って、ようやく、外からは全くわからない(看板などない)

アモール・デ・ディオスに奇跡的にたどり着いた。


門番の男性に ジェスチャーで、中に入っていいか聞いて、

やっとこさ、夢にまで見たスタジオの中に入ると、

夢とは真逆の、薄暗くて、汚くて、寒くて、穴ぐらかつ、恐ろしいほどの迷路のスタジオ。

嬉しさも、感動も、一切なく、

スタジオの仕組みも、システムも、どうなってんのか全くわからない。



それでも、「自習は毎日しなくてはいけない」 という、かたくなな思いはそこでも発揮し、

どうやってスタジオの門番の人に頼んだのか覚えていないのだけど、

とにかく、自習するために、空いているスタジオをジェスチャーで頼んで

毎日2時間ずつ、1週間分の予約だけはした。

自習してスタジオに通えば、

クラスがどのように行われているのかなどわかるので、

クラスを少しずつ取っていけばいいと思った。



次の日から、朝早くから自習でスタジオに入ったものの、

2月のクソ寒い時期で、あの古くてボロいスタジオには暖房なんてものは一切ないので、

寒くて、暗くて、みじめで、不安で不安でたまらなく、

でも、話す相手も誰もいなくて、

自習スタジオの椅子に座ったまま、涙がボロボロ出て、

そこで初めて、

「これからいったい私はどうなるんだろう。。。」、という

先が全く見えない、恐怖と不安で泣くしかなかったのを、今でも、鮮明に覚えている。




そして、2日、3日と日が過ぎ、

クラスは、全てのクラスを見学させてもらい、

3日目には、スタジオのシステムがわかってきたところで、クラスを2つくらい取り、

そこ辺りから、恐ろしく不安になり始めたのは、

1週間のホテルの滞在が終われば、

いったい私は、どこでどう生活をすればいいのか、という問題だった。



今考えれば、日本にいた時に、下宿先などの準備をしておけばよかったのに、

それすらも思い付かず、どうにかなるという、恐ろしい猪突猛進の考えだけしかなかった

超アホバカ思考なので、

そこで初めて、生活の場をどうしたらいいのか、途方にくれたのだ。

地球の歩き方の本も、ネットも、予備知識、情報は全く持っていなかったけど、

マドリッドにある、日本の銀行に行けば、日本人がいるはずだと思い、

いきなり、中心地の大きな三菱銀行に行き、

そこで、

「フラメンコの留学で来たのですが、スペイン語がわからず、

明後日からホテルの予約も終わり、生活する場所がないので、

本当に図々しくて、本当に厚かましくて申し訳ないのですが、

どうやったら、部屋をお借りできるのか

教えていただけますでしょうか?」 と、

最敬礼をしてお願いしたのだ。



きっと、私の顔は、切羽詰まった、必死の形相だったのだろう。

長年マドリッド在住の女性の方が直ちに、応対してくださり、

彼女の知り合いの、スペイン人のピソ(マンションみたいなもの)に連れて行ってくださり、

あっという間に、一部屋お借りすることが決まった。

その下宿先となるピソは、マドリッドの中心地の超高級地区にある、

昔からの典型的なマドリッド式の古い立派なピソで、

住んでいる未亡人の老婦人も、家系の良さそうな、エレガントな方だった。

だけど、その年代のご老人達は、昔はお金持ちだったとしても、

スペイン内戦の、経済的にも大変厳しい時代を生きていらしたから、

想像を絶するほどの、ケチだった。



借りていた部屋の、机の電気と天井の電気を付けて

椅子に座って、日本の家族に手紙を書いていたら、

そのご老人は、すぐに部屋に顔を出して、

ニコニコしながら 「勉強しているの?」 とか何とか私に話しかけながら、

片手はスッと、壁にあるスイッチに手が伸び、

天井の電気を消される。



シャワーを5分浴びていると、

「シャワーの時間が長いわね」、と言う。

台所のガスコンロを5分使うと、

「ガスをかなり長く使うのね」、と言う。


だから、シャワーは、頭を洗うのも含めて、極力3分弱、

食事も、冷凍野菜でご飯つぶがほんのちょっと入っている

日本円で100円くらいのものを、3分弱で炒めて、毎日それを食べていた。

部屋でも、机の電気だけでストーブもなかったから、

寒くてたまらなかったけど、

それでも、スペインでの生活が正式に始まり、

自炊もさせてもらえて、

「さぁ、これから本当に自分のスタートの時が来た!」 と、

この頃になって、ようやく、ほのかな喜びが湧いてきた。



と、長々と書いたけど、

今朝、この事を思い出して、

たまらない懐かしさと、(また次の機会に書くけど)スペインの生活の苦労を数々と思い出して、

自分がアホだった故に経験した山ほどの事と

あの時代だったから体験できた様々な事、があったからこそ、

自分が形成され、そして強くなったんだ、

と、しみじみと感じてしまったのだ。



それで、心の中で、思い出だけにしておくのもいいけど、

文字にして残しておきたいなと思って、ブログに書いてしまいました。



本当に、今の時代は、何をするにも便利だ。

しかし、なかなか情報が入らなくて、一つの事をするのにも

四苦八苦して探し求めて、やっと手に入れた時の喜びを知る、

そんな時代を過ごしてきた体験を通して得たものは、

今の自分の、最高の宝だと思う。

そして、その苦労が、今でも、自分を支える大きな柱となっているのを感じ、

『不便な時代を過ごした大切な経験』 に、心からの感謝の気持ちが強くわいてくる。



そういえば、電気や、電話や、、、、

あ~~~、セビージャでどんだけ苦労したか!

また書きます!


                                    2月19日
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by amicielo33 | 2016-02-19 18:50  

  最近特に思うこと

今日は母の1回忌の日だった。

早いなぁ~、もうあれから1年が経つなんて。。。

天国から両親が応援してくれていると思って、

今年も頑張るからね!と、お墓で手を合わせて小さくつぶやいた。




ところで、今回書きたかったことなんだけど、

毎日のクラスで、つくづく思う事があるので、それを書こうと思う。

ここ5年前くらいから、特に感じるのだけど、

生徒達の、「観察力の低下」、

これが非常に激しいのだ。



私がフラメンコを目指していたペーペーの練習生の頃、

いつも先生方に言われていた。

「先生の教える動きや音を 『目と耳で盗みなさい』」 と。


これは大工さんや料理人や美術工芸品など、

身体や感覚を使って、一級品を作り上げる世界では、

きっと何百年も前の時代から、

師匠たちは、修行の身である弟子たちに、この言葉を言い続けてきたと思う。

なので弟子たちは、眼を全開にし、耳の穴をかっぽじって、

全神経を集中して、

師匠の一瞬の動きでも、空気の流れでも、

力の抜き具合でも、間合いでも、呼吸でも、どんな音でも、

何か一つでも、何としても、自分の身に付けたい一心で、

「目と耳で盗もう」 と、必死だったはずだ。



私ももちろんそうだった。

自分の目をカメラと化し、必死で自分の眼のシャッターを切りまくった。

そして耳もレコーダーと化し、良い音、悪い音、心地いい音、不愉快な音、

そして、心に届く音、など

人間の足で打つ音に、これだけの様々な音色が出る事に驚きながら、

それを一つでも自分の身に付けたくて、必死に、耳をダンボのようにして

音を盗み、それを自分で再現出来るまで、ひたすら練習をし続けた。



でも、便利な世の中、果てしなく便利になりまくり、

カセットテープからMDになり、それから高音質のレコーダーとなり、

最近では、携帯で録音し、その日に学んだ新しい振付を録画し、

クラスを休んだ仲間達には、それをLINEでポンと送り、

振付けやパソの、表面的なものは、超カンタンに手に入れる事が出来る。

だから、いつでも録音と録画が出来て、

どこにいても、その録音と録画に頼れて、という状態なので、

自らが必死になって観察しよう、というものが、

完全に薄れてきてしまっていると思うのだ。




大自然の中で生きている動物たちが、

厳しい環境の中で生き抜くために

絶えず、視覚と聴覚と嗅覚を研ぎ澄ませていなくてはいけないのに対し、

動物園で何の危険も、何の生活の変化もなく、

一方的に、何でも「与えられる生活」に慣れてしまっている動物たちは、

動物が持って生まれた「五感」が、すっかりと衰えて、

完全な受け身の生活に慣れてしまっている。



そう、人間の世界もこれだけ便利なグッズが世の中にあふれている今、

あまりにも、受け身の生活で成り立ってしまっている。

一方的に、情報が自分の手元に流れ込んでくる生活。

行動はもちろん、恐ろしい事に、思考回路ですらも受け身。

これからも、もっともっと限りなく、便利な世の中になっていくのだろう。

便利なのはいいけれど、

人間だからこそ出来る、新しい発想、発想による大きな変化や展開、

それによって成し遂げられる、大きな夢。

こういう事がどんどんと希薄になっていくのだろうか。。。



書いているうちにスケールがどんどん大きくなっちゃって、

収拾がつかなくなってしもうた。

ま、簡単に言うと、

踊りなどの稽古事は、

この瞬間を取らないと、もう二度と一生、手に入れられないと思う位の気持ちで、

「目と耳で盗む」。 (機械じゃダメなんです!)

そして、

「なぜ、あの瞬間を(先生は)感じた?」

「なぜ、あの動きをこの瞬間に(先生が)思いついた?」

などを、考える!
これをやんなきゃ、ダメなのだ!033.gif



と、私一人で、キーッとなったところで、

すっかりと、この便利な生活が身に沁み込んでいる人々は

一切変わるわけなく、

結局、同じ状況が続くのです。

ジャンジャン。
はい、終わり。015.gif


                                 2月12日

































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by amicielo33 | 2016-02-12 23:50