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   行ってきました三徳山三佛寺

今週の22日の月曜日から、ついにスタジオの天井工事が始まった。

抜けるようなセビージャの青空を常に見ていたい!という、強い希望で作った真っ青な天井に、

カビが大量に発生し、カビの白い雲がブワーっとかかって、日本の秋の空になっちゃった。

高さが5メートルあるので、天井の工事をするのも、大がかりな足場を組んで

大そうな作業になるので、その間、当然スタジオは全く使用できず、

クラスも、自分の練習も全く出来ないとなると、、、、


そりゃ、「車で旅」 しかないっしょ!!!070.gif


てなことで、日曜日のクラスを終え、工事のために、スタジオにあるもの全てを片付けて

夜中にいざ出発! 

車だからこそ、電車ではなかなか行けない場所を周れるのが楽しい。



てなことで、月曜日から今日まで各地を周りまくってきたのだけど、

どの場所も素晴らしく、その中でも、特に思い出になった場所は、

 「三徳山三佛寺」 

ここは、鳥取県のほぼ中央部にある、三徳山に境内を持つ山岳寺院。

「日本一参拝するのが困難な国宝寺」 という場所だ。



三徳山は706年、役(えん)の行者が修験者たちの行場として開いたことに始まる、とのこと。

その後、平安時代後期(1016~1184年)に、参拝の最終地点に建てられた建築物、

「投入堂」(なげいれどう)は、垂直に切り立った絶壁の窪みに立っている国宝だ。

そう、ここに一昨日、参拝してきました!!!



ここ10年の間に、3人の方が滑落で亡くなったという新聞記事が、

お寺に参拝申し込みの受付に張ってあって、

受付の方も、ものすごっくマジメに、微笑みも一切なく、

「中途半端な気持ちで入山するのは仏様に失礼になりますし、命にかかわります」 と言う。

入山には、登山靴、もしくは、受付で売っているワラジを履かなくては、許可してくれない。

さらに、一人での入山は許可されない。

私は一人なので、たまたま一緒になったご夫妻に許可をいただき、ご一緒させてもらった。

住所・氏名・入山時間を書いて、やっとこさ出発。



入ったとたん、急こう配、そこに、複雑怪奇に根のはった大木の根を両手で必死につかみ、

足を交互にわずかな足場を探しながら進む。


え~~!!!こんなところを登るの?! という場所が、次々と出てくる。

全身から汗が拭きだし、ハァハァハァ と息が上がりまくる。


もう完全に、ヤモリと化して、

そして、何度も滑りまくって、ひっくり返りそうになって進む。

転んだら、冗談でなく、命にかかわるのが本当にわかるので、

景色なんて見てる場合じゃない。



  この写真じゃわからないけど、垂直の壁。 鎖だけを全身の力でつかんで上がる。
  この文殊堂という建物に、最初にたどり着ける
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その後、非常に危険な足場をなんとか通過し、次に、地蔵堂というお堂に着く。

そこで、登山靴を脱いで、50㎝ほどの張り出した板の上から、初めての景色を見た。


  この板の下は、断崖絶壁。 この板の場所は、宙に浮いている状態。
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こうして、やっとたどり着く、最終地点である 「投入堂」。

あんな、場所に、いったい、どうやって建てたのか、ただただ不思議で不思議で。。。

投入堂の下は、正に 「奈落の底」。

落ちたら、絶対に死ぬ。

今、私が立って、投入堂を見ている場所も、うっかりして足を滑らしたら、はい、サヨナラ。

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それにしても、人の念の力って、なんて凄いんだろうと、心から驚く。

これらの建物を建てた 約850年前なんて、断崖絶壁に森が生い茂っていただろうに、

そこに、どうやってあれだけの、木材を運び、

どうやって、建立したのだろう。

未だに、誰にも、建立方法がわかっていないそうだ。



いやいやいや、、、本当に、一生、良い思い出と記念になる場所でした。

もしチャンスがあれば、ぜひ!!! 訪れてください!

素晴らしいところです。



どの時代も、そしてどの土地でも、

人々が神仏に抱く、心念の力って、何てすごいのだろうと、

旅をして、各土地を訪れるたびに心の底から感心させられる。


日頃、鍛えてあるフラメンコの身体でも、上半身で身体を支えたりする動きは全くないので、

この修行の場で、たえず木の根と岩につかみ続けて、登山と下山をしたので

今、激しい胸筋痛。 ← キョーキン痛

でも、これもイイ思い出003.gif


あと残り1日の旅を堪能します!


                                  6月26日
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by amicielo33 | 2015-06-26 21:53  

    おお、、バタ・デ・コーラ

9月と11月に、私の愛するフラメンコへ、全ての想いと気持ちを込めて、

ミニ劇場で、ミニステージをやる予定と、お伝えしている。



そう、なぜか今年の私の頭と心は、競馬の馬のように、

両目サイドから、視野に仕切りがされていて、周りをいっさい見ず、

お声をかけてくださった数々のお仕事を全てお断りして、

ひたすら、一点しか見ていない。

その一点、というのが、「私が恋い焦がれていた時代のフラメンコを踊る」、という事。




27年前、セビ―ジャに留学し始めた頃、セビージャのフラメンコは最高の時代で、

その最高のアルテを、私は実際に肌で感じて、見て、聞いて、

そして、激しく強く恋い焦がれ、いつの日かこんなフラメンコに近づけたら・・・と、

そんな日が来ることを夢見ながら、

でも、実際は悪戦苦闘の日々で、寝ても覚めてもフラメンコ漬けの生活を送っていた。



そんな時代の自分と、セビージャのフラメンコが異常なくらいに懐かしく感じられて、

それならば、挑戦してみっか!と、乗り出したわけだ。



劇場も、私が求めていた、舞台と空間がちゃんと広い劇場で、

でも、客席がうんと少ない、不思議な劇場がラッキーにも見つかった。

カンテのディエゴも、今回の私の舞台には 理想的な歌い手であり、

そしてギターのノリさんも、カンテと踊りをサポートしてくれるベテランで安心。

音響も照明も、何十年とお世話になっている方々で、

私の決まりセリフの、「あたしゃ金がない!」 を今回も連発し、

値切りに値切りあげて、それを、神のような心で承諾してくださっている。



こうして、お膳立ては全て済んでいるので、

一番大事な、私の踊りの中身を今からコツコツと取り掛かっているのだけど、

まず一番やっかりな、バタ・デ・コーラとの悪戦苦闘の日々が続いている。

バタ・デ・コーラとは、フラメンコの衣装のスカート部分が長い、典型的なフラメンコの衣装だ。



今は、プロの踊り手はみんなバタを着て、わりと楽に踊ってしまっているけれど、

私の師匠であった、「バタ・デ・コーラの女王 ミラグロス・メンヒバル」 のバタは

まさに、魔法のバタだと今でも思っている。

今の時代、バタを着て踊る人は、ガンガンとバタを乱暴に蹴って、

まるで、闘う相手が身にまとわりついてきているのを振り払うような感じで扱って

踊っているように見える。



でも、ミラグロが最盛期の頃、(今は太っちゃって、見る影もない別人)

バタとミラグロが、場面場面で主役の座が変わり、

ミラグロが主役を踊っていたかと思うと、突然、バタが主役となって、

バタが生きていて、まるでフラメンコを踊っているように見える、そんな踊りだった。




普通の踊り手は、人間の動きがコンパスに入って、

それに伴ってバタが踊り手の後を追って動いてくるのだけど、

ミラグロに教わったバタは、バタが独自に動いて、

バタ自らがコンパスにどんどんと入ってくるように見える。

つまり、このようにするには、人間はコンパスの決めの音の前に

微調整してバタの扱いをしないと、バタがコンパスに入らない。

そこが、至難の業なのだ。



私は、どんなに辛い練習も、絶対に根をあげず、

絶対に屈しないで、やり遂げるタイプなんだけど、

バタだけは、あまりの難しさに、私のフラメンコ人生の中で何度も心が折れて、

何度も降参の旗を振って、諦めた経験がある。



そう、バタの技術を、死にもの狂いで何年もかかってマスターしたところで、

いざ、踊りになると、そのバタの技術ばかりが目についてしまう、

一番いけないパターンになってしまったのだ。

バタと踊り手の共存がなく、心の絡み合いもなく、踊っているその曲の味が出ず、

つまり、フラメンコを感じさせられなかったからだ。

だから、何度も諦めて、私には一生バタは踊れないと思っていた。



でも、あの時代、セビージャでバタを着る踊り手は、正にフラメンコの女王であり、

マティル・デ・コラルから発生した、女性ならではの、

フラメンコを、女性の気品と優雅で味付けをして踊れる踊り手、というのが、

スペインの踊り手の中、そしてヒターナの踊り手達にとっても、憧れのものだった。

私は、そのトップの人、ミラグロに憧れぬいて、

師匠として何年も習って、強く影響受け続けたんだから、

そりゃ今でも私の心の中は、あの時代のミラグロが焼き付いているのだ。



これだけ、すんごいバタの説明をして、

それをおくがましくも、 「私はそれを踊りたくて 今、頑張ってマ~ス!」

なぁ~んてよく書けるなぁ、と、自分で呆れて冷や汗が出る。

そう。 出来ないのは百も承知だけど、挑戦したい気持ちだけは1000倍あるので、

とにかく毎日毎日、また昔に戻って、悪戦苦闘をしているのです、

という事を今回は書きたかったのです。



今回も短く予定だったけど、やっぱバタの話になると、スイッチ入ってガーッと書いちゃた。

ちょこっと、小出しに書く、というのがどうも苦手なんだなぁ。

Facebookも いよいよやんなきゃいけないし、(私に出来るか心配!)

あれこそ、「ちょこっと小出し」 専門だよね。

きっと出来ないよ~。 困ったもんだ。008.gif


                                  6月7日
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by amicielo33 | 2015-06-07 18:00  

   めざせ短いブログ!

もう6月になっちゃった。

2015年が、半分過ぎちゃう。

あっという間に時は過ぎ、

あっという間にババアになっていく。

あ~~あ、人生だねぇ。



なんだか、急に、色々とキチンとしておこう、と思って、

仕事から、身の周りから、

ちゃんと整理して、納得して、人生の残っている日々、

仕事している時も、楽しんでいる時も、グデグデの時も、

全て納得した、良い時間を過ごしたいと思う。

(って、死期せまってるみたいじゃん)



ブログも、日々忙しくて、ああ、今日も書けなかった! と

伸ばし、伸ばし、していくうちに、

容赦なく時間が過ぎ、

結局、書くときは、書きたい事がたまりまくっているので、

本みたいに、長~~いブログ内容になっちゃう。

これもいかんのだ。

① 短く ②こまめに ③端的に


これを、目指さねば!

たまぁ~に、だらだらと大量に書いてちゃいけないのだ。



てなことで、

本日 6月1日をスタートとして、

短く、こまめで 端的なブログを目指してみようと、

一応、決めたぞ~!!!

(いつまでもつか・・・(-_-))




てなことで、

もう2週間経っちゃったけど、

うちのスタジオで、生徒達のスタジオコンサートをいたしました!

  リハーサルで頑張ってます!
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  おじぎの練習もして、観客役の生徒達が大盛り上がり
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  お客さんの様子を激写  80人のお客様が見てくださいました
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舞台でやる発表会と違って、スタジオコンサートは、

小さなおさらい会で、緊張はしているけれど、

見に来てくださる方々も、ご家族や、親しいお友達ばかりで、

そして、踊る側と観る側が、恐ろしく近いので、

温かくて、優しくて、見守ってくださっている雰囲気がスタジオいっぱいに広がる。



それにしても、生徒達の驚くほどの成長には、心からビックリ!

いつも思うのだけど、生徒達同志の 強いつながり、

そして 励まし、助け合う精神 そして 練習熱心さに、心から感心する。

私が練習生の時、こんなつながりは全くなかったので

正直、とてもうらやましい。

個人で踊った生徒達も、群舞で踊った生徒達も、

本当に、素晴らしい成長を見せてくれた。

フラメンコって、その人、そのものが自然に出るから、実に面白い。

レッスンの受け方や、踊りを通して、その人の性格、本質、本人も気が付かない面が

面白いくらいにわかる。

だから、本番も通して、生徒達の色々な面も知ることが出来てとても楽しかった。ウフフ

性格判断や占いより、わかるんじゃないかな(笑)。



とにかく、今回のスタジオコンサートも、

実に素晴らしい成果を、生徒達に見せてもらえた。

こうして、みんなしっかりと各クラスでの基礎を身に付けたので、

スタジオコンサートの後、「進級」 ということで、

レベルが一つ上がった、新しい上のクラスにそれぞれ移動し始めて、

今、まさに、緊張の面持ちで、新しいクラスを受け始めている生徒達だ。

みんな、続けて頑張ってね~~~!

全力で、応援するからね~~~!


って、もっと書きたいんだけど、

短くすると決めたので、これで終わり。

って、今回も長いよね。。。008.gif


                                     6月1日
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by amicielo33 | 2015-06-01 14:48