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         セミたち

このところ、急にグンと涼しくなって、夜は寒いくらい。

つい先週まで、夜になっても元気よく鳴きまくっていたセミたちも

夜になると完全に沈黙状態。

そのセミに代わって、様々な秋の虫たちの声のオンパレードだ。



母が入っている老人介護施設では、音楽療法というのが時々あり、

昔懐かしの日本の歌を次々と紹介してくれて、それをみんなで歌う。

母もそうだけど、身動き一つできず、声すら出すことが出来ない人たちも大勢いて、

それでも、次々と掲示板に張り出される歌詞の書かれた用紙の大きな文字を

目で追い、みんなで合唱する懐かしい歌に耳を傾け、心で歌っている。(と、思う)


そして先日、秋の歌特集となり、

私も何十年と歌っていなかった童謡などを、母の横で歌って

童謡というものに痛く感激してしまった。

        
         あれマツムシがないている
 
         チンチロチンチロチンチロリン

         あれ鈴虫もなきだして

         リンリンリンリンリーンリン

         ああおもしろい虫の声


         キリキリキリキーリキリこおろぎや

         ガチャガチャガチャガチャくつわむし

         あとからうまおい追いついて

         チョンチョンチョンチョンスイッチョン

         秋の夜長をなきおとおす

         ああおもしろい虫の声


おお、なんと素晴らしい歌。

超シンプルかつ、虫の声を学べる昆虫辞典と同じではないか。



音楽指導の先生が、この歌を歌う前に、本当の虫の声を(録音で)聞かせてくださった。

本当に、チンチロ リンリン ガチャガチャ キリキリ スイッチョン と、

カタカナで書く通りの鳴き声。

秋にはよく耳にする声ばかりなので、ああ、この虫がこの声なんだぁ!と大感激。



そして夜になって、実際に虫たちの声が聞こえてくると、

昼に説明を聞いたばかりなのに、何の虫の声だったのか

ババア頭の私の記憶の中でゴッチャになり、もうわからん。



私は虫に襲われる運命を持ち、常にさまざまな虫たちからの攻撃を受け、

今まで本当に恐ろしい思いをさせられてきたけど(大袈裟)

それでも、虫たちの小さな命がかわいく思えて、

家の中でよく出現するクモ達にも、「元気にしてたの?」 「今出てきたら困るんだよね」 

など、普通に声を出して話しかけたりする。(頭がヘン)



また話が飛んじゃったけど、私の家もスタジオも、

美しい、緑あふれる蚕糸の森公園(さんしの森)の近くなので、

虫の声や鳥の声に一年中楽しませてもらっている。

なので、夜になっていっせいに鳴きだす秋の虫たちの声も、

ここ数日間でピークとなり、季節の移りを感じさせてくれて実に楽しい。



そして、そして、再びセミの話になるけれど、

このところずっと涼しい日が続いて、セミたちがウンともスンとも言わないので、

この気候の変化で、かわいそうに、死んでしまったのかと思ったら、

今朝の青天の空の下、何十匹というセミたちが元気いっぱいに鳴いている。

それを聞いて、「よかった!君たち、生きてたんだ!」 と思わず言ってしまった。



地中で10年以上、そして地上でのセミの生涯は1週間のはかない命、

などと、人間の勝手なロマンチシズムな想像で、切ない気持ちになっていたけど、

突然、「セミの一生」に疑問が湧き、ネットで検索をしてみると、

なああああああああんだ、ぜーんぜん 違ってた!!!



セミって、夏の虫なのに、暑さに弱いんだって。

そして、秋とか、暑さが過ぎた頃に出てきたちょっとズレたセミたちは、

涼しくて生きやすいから、1週間どころか 1ヵ月~2ヶ月も生きるんだって。

知らなかったぁーーー!なあ~~んだ。

てなことで、セミって寿命は1週間じゃないそうです。



あのね、なんで、こんなセミなどの話題を書いたかというと、

確かに、今日聞いたセミの声に痛く感動したこともあるけれど、

実は、今、自分用のソレアを振り付け中で、

毎日、毎日、毎日、毎日、ウンウンウンウンウンウンウンウン

頭をひねりまくって、考えまくって、悩みまくって、死にそうになって、、、


それでも、どーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーしても、、

よいアイディアも・・・・・  何のひらめきも・・・・・  何ひとつ・・・・・、

まぁーーーーったく思い浮かばず、

しまいに、目がくらんで、スタジオの中の景色までもがグルグルしてきたので、


           もう、ダメ・・・・ (*_*;



と、なり、事務所でぐったりと座っていると、

急に、今朝のセミの鳴き声を思い出し、すぐに気移りする私なので、

夢中になってここまで書いてしまいました。



   セミ君、ありがとー。 お蔭で気分転換出来ました。



かといって、ソレアの振付けは、思い浮かばないんだよねー。

あ~~~、困った!!!  008.gif


                                   
                                      9月21日




























  


  
         


         

         

   
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by amicielo33 | 2014-09-21 12:00  

     休みと私  そしてちょっと一言

いきなりだけど、、、

私はどうも昔から、超ハードワークの人生に慣れきっているせいか、

昔から、本当にコリャまずい・・・倒れるぞ・・・・と、 不調で倒れる寸前になるまで

平気で無理をする。

っつーか、無理が出来てしまう。

っつーか、「ちょっと不調」くらいのラインの、線引きがわからないのだ。



だから私が、「具合が悪い」 という言葉を吐くときは、

最悪に不調で、救急病院に行ってもいいくらいの状態、、、だと思う。

私は子供の頃から、病気だの怪我だの、どんなに痛くても辛くても、

なかなか親にも誰にも弱音を吐かないのが癖だった。



ずんごい残酷な話だけど 

私が小学生の時に、夏休みで田舎の祖父母の家に泊まりに行ってた時の話。

田舎の家って長い廊下があって、子供だから?私だから? 長い廊下を見ると、

なぜか全速力で走りたくなる。

おまけに裸足で。

そんで、私は一人、裸足で猛ダッシュで廊下を走り、

猛烈なスピードで、廊下の角を直角に曲がった。

その際、足の小指が、角の柱にひっかかり、

勢いを緩める事をせず、そのままのスピードで曲がった。

もちろん  小指は  バキッ! と  あらぬ方向に。


あまりの激痛に、うおおおおおっーーっと、もんどりうって倒れ、

うんうんうんうん唸り続けた。

しかし、唸り続けながら、

“もしこれを祖父母が知ったら、どれだけ心配するだろう” 

と、多大な迷惑をかけることを恐れ、

祖父母の家に10日間くらい泊まっていたのだけど、

折れた小指でパンパンに腫れあがった足を、

絶対に誰にも見つからないように、最後の日まで死にもの狂いで隠し通した。



想像を超える激痛だったのに、ソックスを履いて完全に隠ぺいして、

祖父母や、一緒に泊まっていた従弟の前で、必死に普通を装った自分を覚えている。

今考えたら、よく隠し通したと感心する。

自然治癒させて、何年か後になって、足の小指が変な方向に向いているのが気になって

整形外科に行き、医者に事情を説明したら、

「実に野蛮な子だねぇー」 と、医者に冷たく言い放たれたのをよく覚えている。



ま、これは子供の頃の話だけど、

大人になって仕事をするようになってからは、昔からなぜか普通に、

ウルトラ超ハードワーク人生を歩むことになってしまい、

「休み」という日が取れないのも、全く普通になって慣れてしまっている。

2ヶ月に1日とか、3ヶ月に1日、酷い時は半年くらい全く休んでない時もしょっちゅうあった。

でも、さすがに休みがないと、体力の限界になってきて、

ヘロヘロな日々が続くのだけど、持って生まれた細胞の力が強いらしく、

ボロボロでも、力が出てしまうのだ。



そして、やぁ~~~っと、休みが1日取れるぞ! と、大喜びをすると、

必ず、その貴重な一日に、大病をするのだ。

それも、一日のみの大病。

私がスペイン在住だった頃、それも年に6~10回くらいスペインと日本の往復をして、

日本滞在中、死ぬほどクラスをやって、舞台も出演していた時は、

私の人生でも特にハードな時代だった。

1日に団体クラス4つに個人クラス4~5人なんて当たり前で、

それに舞台出演のための自分の練習を必ずやっていたのだから、信じられん。


でもさすがに、それが2ヶ月続くと、人間の限界に近い状態になり、

これじゃーいかん!と思い、なんとか調整しまくって、1日の休みを獲得する。

その、やあぁぁぁぁ~っと取れた、超貴重な黄金の休みの日に限って、

なぜか、、、食中毒を起こすのだ。



忘れもしない第1回目は、広島から直送で送っていただいた新鮮な巨大な牡蠣。

それでも万が一当たったら怖いので、母は「こんな新鮮な牡蠣をもったいない!」

と言いながら、大きな牡蠣フライにしてくれた。

私の体力が最低だったのもあり、食べた直後から見事に牡蠣に当たり、

夕食後から次の日の朝まで、トイレを抱え込んだまま、上と下から噴水状態。

そして、胃も腸までも出ちゃったんじゃないかと思う程空っぽになり、血圧低下と

微熱もある最低の体調まま、誰にも絶対に知られないように、普通にクラスをした。。。



ってなことが、今までに何度もある。 

全てなぜか食中毒。 なんでだぁ~。

(実は、、、ちょうど先月のクソ忙しい時にも、食中毒で大ゲロ大ゲリやっちゃった)



だから、神様は私には、「休むな」 という試練を与えてくださっているのだろう、

と考えて、休まなくて当たり前、という私の思考回路になっている。

そして、たった一度の、それも残り少ないフラメンコ人生を謳歌できるように

舞台と仕事がある間が華と思って、

この忙しい毎日をありがたいと、心から感謝して生きていくのダ。



そういえば、死ぬまでガン検診はしないと決めている私だけど、

区からくる300円で出来る、実に当たり障りのない平和な健康診断は、

興味本位で3年前から受けている。

それを、今年は2週間前に受けてきた。



私は血圧が低い家系の一員だし、ましてや疲労困憊状態なので、

「血圧がかなり低かったらマズイな・・・」、と思いながら

身長 → 体重 → 血圧 と、順に計っもらっていった。


看護師さんが私の血圧を見て、

「あら!上が82なんて低すぎません?」 と驚き、

もう一度計りましょうか、と言うので、もちろん計っていただいた。


「あらっ!もっと下がっちゃったわ!上が78なんて低すぎません!? 

下が50代ヨ、ちょっとアナタ、大丈夫?」 と言われ、

私は、ま、確かに疲れてるけど、普通なので、「フツーです」 と答えると、

その看護師さんは、

「低いのより、ちょっと高いのを選んどいたほうがイイわね」 と言い、

82の方を選んでくださった。

でも、低血圧の症状は全くない。



今年に入って、完全に丸々1日休めた日というのは、数えたら5日間しかないので、

やっぱり、これはいかんのだ、と反省。

今年は、帯状疱疹、両膝の異常な腫れ、あばら骨骨折(これウソ。ヒビが入った)、食中毒、

と色々とやってきたので、これも積もり積もった疲労が大きく影響しているからだろうな。


1週間、ハワイでゆっくり、、、、なぁ~んて出来たら夢のようだなぁ。。。

しかし!もうそろそろ、11月にやる森田志保ちゃんとの

「Puntos y Línea」の、大変な練習が始まる。


でも、その前に!!!

休むぞ!!!

休まねば!!!

休みます!!!

生もの、食べないように気を付けます!



最後に、閉めのお話させてくださいマセ。

私のリサイタルに昔から必ず出てもらっている、David Lagos(ダビ・ラゴス)。

彼の、心を揺さぶられるようなカンテが好きで、私は彼のカンテにずーっと惚れ込んでいる。

そして今年の11月に、彼を中心に、森田志保ちゃんと舞台をやるのだけど、

そのダビ・ラゴスが先月の8月に、スペインのウニオンのコンクール (日本フラメンコ協会が

新人公演でキャンキャン騒いでいた)、で、カンテで最優秀の賞を受賞したのだ。

さすが!!!ダビ!!! 


ウニオンのコンクールは、スペインではコルドバのコンクールに続いて、

スペインで歴史のあるフラメンコ・コンクールだと思う。

ましてや、こういう歴史のあるコンクール、それも、カンテ部門でのコンクールは、

スペインの中で実績と経験を積み上げ、さらに、スペイン内で名前が定着している

実力者たちが競い合う、そんな、恐ろしいほどのレベルの高いものなのだ。

そんな、つわもの達の中から、最高峰の勝利を手にしたのがダビなんだから、

そりゃぁ、彼なら当然!とは、わかっちゃいるけど、

改めて、ダビに対して心からの拍手と、敬意の念で脱帽の思いにかられる。



この歴史あるウニオンのカンテのコンクールも、スペインで生き、スペインで人生を闘い、

人生を歌い続けてきたスペインの人たちが競い合う神聖な場所だ。

スペインのカンテと、日本人が歌うカンテの違いすらも気が付かない、

スペイン語すらもわからないで、“カンテとは”、と論じている日本フラメンコが、

スペイン側に礼儀を尽くしながらも、結果としては、

日本のカンテがスペインとほぼ同等の力になりつつあると信じて、

この歴史あるカンテのコンクールに、日本フラメンコが押して出場させるのは

どうなんだろう、とかなり疑問に思う。


これは、とても恥ずかしい現実だと私は思う。

まだ、個人でこのコンクールに登録して、個人でチャレンジする方が、

このコンクールの歴史とレベルを考えたら、そういう形の方がずっと良いと思う。

でもまぁ、スペイン側にとっては、お金をバンバン払ってくれる日本が、

それも協会という大きな団体を背景に、コンクールに参加してくるという事は、

これからの資金的なレールを一つでも確保できる大きな利点になるので、

当然、ビエンベニード!(ようこそ!)で迎えてくれるけれど、

スペインのフラメンコを愛し続けているアフィシオナード達にとっては、

耳を塞ぎたくなる気持ちになる、このコンクール参加の話だと思う。



外国人のフラメンコの踊りやギターは、スペインでも一応受け入れられる。

でも、カンテだけは、絶対に絶対に、日本で考えるような甘いレベルではない。

数年間習っただけで、それも、発声も、歌い方も出来ていなくて、

おまけにカタカナスペイン語で歌って、簡単に皆がプロになれるような日本のフラメンコとは、

本当に話にならないくらい、いや、話にもならないほどなのに。


スペインの歌い手達には、人生全てを懸けて歌い続けてきた

彼らの歌に対する強いorgulloがある。

そんな彼らが、歴史と共に積み上げてきたカンテの由緒あるコンクールに

簡単に土足で踏み込んで、場を荒らしてはいけない。

どうして、日本フラメンコは、これがわからないのだろう。


                               9月4日


*日本の歌い手全員が、という事ではないので誤解しないでくださいね。
  日本の本物のプロの人たちは、カンテの恐ろしさ、難しさを誰よりも理解しています


























 
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by amicielo33 | 2014-09-04 00:22