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          「バラと桜の祝典」って何?

先週の20日から23日までの4日間、現代舞踊協会とフラメンコ協会が歩み寄り、

大々的な祝典たるもの、「バラと桜の祝典」という公演が、池袋芸術劇場で開催された。



プログラムの解説によると、1920年代から外国やスペインからフラメンコが入り、

そこから日本でのフラメンコの歴史が始まったそうで、19世紀に生まれ

20世紀に花開いた現代舞踊の歴史とフラメンコの歴史は重なり合っているそうな。

そして最近のスペイン人のフラメンコ舞踊家も、モダンの舞踊家とコラボして

意欲的にフラメンコの枠を飛び越えた作品を創っているから、、、、

だから、日本でも、フラメンコ協会と現代舞踊協会が手を組んで、

普段なかなか出会う事がない、ふたつのジャンルのダンサーたちが互いにインスパイアし、

新たな地平線を開いていってほしい、、云々 とのこと。 

ここで意見を言いたいけど、押さえて、後ほど。



本来、これは現代舞踊協会が主催する、「5月の祭典」というものだ。

しかし今年は、日西交流400周年記念ということを絡めて、フラメンコ協会も加わり

イベントの名前を変更して、「バラと桜の祝典」になった。

20日の初日と23日の最終日が、フラメンコ協会主催。

21日と22日の中2日間が現代舞踊協会主催。



んで、、、、 3日目の22日に、私と舞踊団で出演させていただいたのだけど、

それは後日のご報告でお話しするとして。。。


この4日間の最終日を飾る、フラメンコ協会主催の舞台に

私の師匠の岡田マサミーが最後を飾る踊りで出演したので、見に行ったのだ。



フラメンコ協会側が制作した舞台の意図としては、

「20世紀に大きく花開き、21世紀に入った今日もなお、進化・変化を遂げつつあるフラメンコ。

その背景には、古代から現代へと連なる様々な舞踊と音楽があった。

その歴史を振り返り、フラメンコの中に受け継がれてきたものを、敬愛を込めてたどろう」

ということらしい。


まぁその意図はいいけど、

いやいやいやいや、、、、、大変失礼とは百も承知ですが、

そして協会のお偉方に対して、こんな私のような者が意見するのは

失礼極まりないとは存じますが、言わせてくださいまし!

『 誠に稚拙な内容と構成の舞台でした 』


今回の舞台は、現代舞踊協会とのコラボで、これほどまでに大々的なイベントとして扱い、

フラメンコ協会を代表する方々?が総出演なさって、

お客さんや、現代舞踊協会の方々にも、「これが日本のフラメンコです」 と、

あの立派な芸術劇場で、5000円の金額を取っての舞台だったのだ。


多数出演していたその中で、わずか数人の、現役でガッチリ踊れる実力者たちが

いたにもかかわらず、稚拙な構成のせいでか、良さを発揮する事が出来ず、

気の毒な事に、完全に全体のレベルの低さにすっかり飲み込まれてしまった。


師匠の岡田マサミーは、足の怪我で長い間動けなかったせいで少し不安定だったけれど

マサミーはクラシコ、フラメンコ、クラシックバレエ、など、(今でも)

舞踊の勉強に命を懸け続けてきた人だ。

舞台の上でそれは自然と出る。 

彼女の威厳と貫禄はピカ一で光り、存在感は圧倒的でした。



しつこい私です。

この舞台を創られたのがどなたか存じませんが、すみません、もう一度言わせてください。

恐ろしく、舞台内容が稚拙で、舞踊レベルの低いプロがたくさん踊った舞台でした。

なぜ、あのような舞台内容になったのか、

そしてなぜあのような人選になったのか、理解できません。



スペインのフラメンコとは、本来カンテ(歌)が中心となってで成り立っている文化だけれど、

日本フラメンコは、舞踊で成り立っている全く別の文化だ。

それも、大多数の人が、今まで踊りを一切やったことのない大人になってから

フラメンコの踊りを始め、振り付けのいくつかをマスターするだけで

日本では簡単にプロになれちゃう、という世界で成り立っている日本フラメンコ界なのだ。



既にこういうものだから、ここで私なんぞが口をはさんでも仕方ないけど

しかし、「舞踊」がメインで日本フラメンコが成り立っているのだから、

フラメンコの勉強はもちろんのことだけど、それでもフラメンコの勉強が足りない分、

舞台に立つために必要とされるフラメンコとは別の、

世界共通の舞踊基礎も徹底的に勉強し、

創作をしたいなら、創作をするための舞踊知識もちゃんと勉強した上で、

舞台で場数をこなし、人々から批判も受けながら、舞踊家として実戦で鍛え上げ、

さらにフラメンコはスペイン人アーティスト達と仕事をして徹底的に鍛えられ、

そうして、どの芸術のジャンルの人達から見られても、(特に舞踊の世界の人たち)

全く恥ずかしくない、”フラメンコ舞踊家” としてのレベルを

維持しなくてはいけないのではないだろうか。

フラメンコも下手、踊りも下手、踊りの知識もなしじゃあ、もうお手上げじゃん。



もし、高い値段のチケットを買ってプロのフラメンコの舞台を見に行った時、

劇場の舞台に立てるレベルにまるで達していない踊り手だったり、

立派な劇場や舞台に反して、安っぽいペラペラの衣装だったり、汚い靴だったり、

髪の毛など構わないボサボサの頭だったり、

お粗末な振付けだったとしたら、お客は怒っていいと思う。 

「何なんだ、この酷い舞台は」 や 「金返せ~」 と言っていいと思う。



フラメンコの雑誌や関係者たちは、この舞台も褒め称えるんだろうな。

だから、このブログや私にバッシング来るだろうな。。。

でも、この舞台は日本フラメンコが重要な立ち位置で発表した舞台だと思うし、

私はスペインのフラメンコを心から愛し、

日本のフラメンコも色んな角度から応援しなくては、と思っているので、

今回はバッシングを受けてでも、言わなくては、と思ってしまったのです。


「祝典」の楽しい舞台なんだろうけど、

裏を返せば、「舞踊」で支えられている日本のフラメンコというものを

真剣に考えなくてはいけない事がたくさん詰まっている気がしたのです。


                                   5月29日
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by amicielo33 | 2014-05-29 23:00  

  フラメンコ人生の転機となった出来事

今週の22日の木曜日に、ようやく「5月の祭典」、

でも今年は、フラメンコ協会と一緒になってるので、タイトルがちと違っていて

「バラと桜の祝典」の本番を迎える。


9~10人の予定が、結局6人になっちゃったから、

少人数で、だだっ広い場所を死にもの狂いで使わなくてはいけない。

さらに、舞台空間も充分に使わなくてはいけないので、

こういう事に慣れていない、今回一緒に出演する生徒達の特訓は、

死にもの狂いで走りーの、

股が裂けるほど、大股で進みーの、 

筋肉これ以上伸びませんくらいに、伸びーの  

に集中した。


舞台って、恐ろしいもので、

ステージでバタバタ踊っている時よりも、

何もしないでの、「立ち姿」、 「背中と首すじ」、 そして「歩き方と走り方」で、

素人か、舞台経験が豊富にあるか、一発でわかる。


だから、生徒達は舞台経験がそれほどない素人なんだけんど、

素人に見えないように、

ひたすら、そこんとこの訓練に徹した。


彼女たちに出来るだけの練習は全てやった。

ホント~~~~~によく頑張った! 

後は本番で、彼女たちがどれだけ心と踊りが一体となり、爆発してくれるか、だ。

私ももちろん、彼女たちを喰う位の気持ちで踊りまっせ。

本番終わったら、またご報告しまぁす。



ところで今日は、私の過去の話になっちゃうけど、

先日、風に当たりながら、様々な過去の出来事を次々と懐かしく思い出し、

5月の新緑の風が非常に気持ちよかったので、

新鮮な気持ちと、メランコリーな気持ちが次々と湧いてきて、

まだ私が初々しいフラメンコ研究生の時代まで記憶がさかのぼり、

そこで、ハタと、今、私がこうしてフラメンコのプロとして生きている、

大きなきっかけとなった、とある出来事までたどり着いた。



いやいや、くっだらない事なんだけど、

あの出来事が起きなかったら、私は全く違う道を歩んで、

今、フラメンコ界にいないかも、なのだ。

もう時間も過ぎたから書いてもいいかな、と思い、

今日、思い切って書いちゃう。



あれは、、、、 まだ私が、人生で初めてフラメンコ研究所に通いだし、

20才~26才まで、男性のY先生と女性のS先生、お2人揃って設立されている、

Y・Sフラメンコ舞踊研究所の舞踊団に所属していた時代の話だ。



26才の時は、年功序列ですでに舞踊団の上級生となり、

私は、人や何かを慕うと、私の人生全て捧げます!というくらい、

ひたすら一途になる性質なので、

あの時代は、両先生方のお手伝い、舞台の練習や準備、

そして創作のアイディアのお手伝いなど、

大変だったけど、実に充実していて、幸せで幸せでたまらなく、

あの時代の私の人生は、Y・S舞踊団を中心に回っていた。



そして、秋の文化庁移動芸術祭(文化庁が選出した

様々なジャンルの舞踊家の方々の作品を、全国の劇場を周りながら

公演するもの)で、その時は、Y・S先生と舞踊団、

そして他にもモダンダンスの方達も参加して、一緒に九州を周った。



あの時代、Y・S先生が創作なさった作品には、私達以外、

モダンダンスの男性舞踊手達も一緒に参加してもらっていたので、

当然、同じ作品を踊る仲間として、そして大の仲良しの友達としてよく交流があった。



話しが飛んじゃったけど、その時は、そんな仲のいいモダンダンスの男性舞踊手達も

移動芸術祭に参加していて、道中、踊りや舞台の話に花が咲き、

実に楽しい公演が続いた。



そして最終日、九州・竹田市だったかなぁ、、、、

私は最終日の公演の日の朝から、突然熱が出始め、

公演本番の時にはすでに38度超えの熱が出てしまい、

フラフラで本番を踊った。

移動芸術祭最終日だったので、全ての舞踊手や現代舞踊協会の偉い方々など、

全員が公演の無事終了を祝って、打ち上げパーティーが開催された。



しかし、私はあまりの高熱で、とてもじゃないけど打ち上げなんて出られる状態ではなく、

ホテルに戻って、ベッドの中でウンウン唸って寝ていた。

そしてその芸術祭に、私と仲の良かったモダンダンスの男性手も参加していて、

さらに彼は、風邪を引いて、偶然にも彼も打ち上げに参加せずに

ホテルの部屋で寝込んでいた。



高熱の私は、ホテルに親友の彼も戻っていると、舞踊団の仲間からチラリと聞いたけど、

それどころじゃなく、ゲロゲロに吐きそうだし、身体も頭も火の玉みたいに

高熱が出ていたので、とにかくベッドの中で苦しんでいた。



それでも、彼も熱を出して寝込んでいるということは気になっていたので、

思い切って起き上がり、フラフラと壁つたいに、彼の寝ている部屋までたどり着き、

部屋に入る力もないので、顔だけつっこんで、


「だ い  じょ - ぶ ? 」 ← 倒れそうだったし吐きそうだった、私のセリフ

「う ん  な ん  と か 」 ← 寝込んでいる彼のセリフ

「も う だ め  は く   も ど る 」 ← 部屋に戻ると意思表示した、あたしのセリフ



こうして、私は、彼の寝ている部屋のドアーを閉め、

再度、壁つたいに、ゲロ吐かないように、フラフラで部屋に戻り、

朝、そして東京に戻る全ての道中、高熱のあまりついに本物の火の玉になり、

それでもなんとか家にたどり着いた。



結局、九州で私は、「おたふく風邪」を発症したのだった。

赤ちゃんの時に予防接種したと母が言ってるけど、ホントかいな。

大人になってからのおたふく風邪は、本当に重症で、

東京に着いてからも40度以上の熱が1週間以上続き、首と顔が同じ太さになるという

凄まじい形相となり、それでも母は、「こういう顔は一生に一度しかないのよ!」 と、

面白がって、寝ている私の不意をついて、隠し持ったカメラをパッと出し、

見るも無残な私のおたふく顔を写真に撮った。

なんつー親だ。



で、そんな事はどーでもよく、

結局、1ヵ月近く休んでやっと完治し、

さぁ!また舞踊団で頑張ろう!と、気持ちを新たに、Y・S先生の、男性のY先生に

長期休みをしてしまった謝りとご挨拶の電話をした。



電話の音がして、受話器をY先生が取った。

私は久しぶりだったので嬉しくて、

「Y先生!お久しぶりです! 長い間お休みしてすみませんでした!

病気は治りましたので、また明日から、頑張りますのでよろしくお願いします!」 

と言うと、

Y先生が一言だけ返事をした。


   「あんたには、このスタジオをやめてもらう」  と。



どえええええええええええええええええええええ!!!!!

とは言わなかったけど、

まさに青天の霹靂!!!

天国から、地獄のドツボに真っ逆さまぁぁぁぁぁ~~~

くらいの一言だった。



「アンタにはやめてもらうけど、踊りだけは続けなさい」 とだけおっしゃって、

理由も、訳も、なにもわからないまま、電話は切れた。

私は電話を手にしたまま、その場で泣き崩れて、

嗚咽して、ひたすら泣き続けた。

だって、夢に満ちた世界が、一瞬でなくなったんだもん。



結局、私は理由がわからないままやめさせられて、

でも同じ舞踊団にいた仲間が、何とかして先生方から理由を聞き出して教えてくれた。


なんとその理由は、、、、

私が、打ち上げの時に高熱のためホテルに残り、

同じく熱を出して寝込んでいた彼の部屋を訪ねて、私はドアから顔だけつっこみ、

そして3言交わして、『(男性のいる)ドアを閉めて、部屋に戻る私の後ろ姿』 を、

たまたま、現代舞踊協会の理事長が目撃なさって、

それを、Y・S先生の、女性のS先生に

「おたくの生徒さんは、お盛んですね」 と言ったとのこと。

それだけ。



後で聞いて、ホントに心から、ガッカリした。

あれだけの高熱を出して寝込んでいたのに、

理事長からそれを言われて、何ひとつ私をかばってくれなかったし、

それについて私に質問もしてくれなかった上に、いきなりの首切りなんだもの。

人生の全てを、両先生に懸けて打ち込んできたのに。。。




で、話がポンポン飛びまくるけど、

電話を持ったまま、大泣きし続けている時に、

突然、どういうわけか、フッと、何年か前に岡田昌已先生がスペインから引き上げて

日本で初リサイタルをなさった、その時に見た昌已先生の踊りを思い出したのだ。

あの瞬間を、今でも鮮明に覚えている。

あれだけ嗚咽して泣き続けていたのに、涙がパっと止まって、

全身がカッと熱くなって、

「岡田先生に会わなきゃ!!! 岡田先生に習わなきゃ!」、と思ったのだ。



あれはまさに、神様が両手で私の頭をガッと押さえて、

強引に180度、グリグリと視界の方向を変えさせて、

「こっちを向きなさい!」 と言ってくれた瞬間だった。



あの、おたふく風邪があり、

あの、理事長の目撃があり、

そして、強引に、強制的に、Y・S先生のところをやめさせらたからこそ、

私は岡田昌已先生に出会い、

昌已先生の強い助言で、スペインに行き、スペインでのフラメンコの人生が始まったのだ。



なので、

あの時に強引にやめさせられた時は、あれだけの長い付き合いだったのに、

まるで信頼されていなかった事が、本当に辛くて悲しかったけれど

今思えば、強引にやめさせてくださったY・S先生に、

素直に、そして心から感謝の気持ちでいっぱいになる。

あの時がなければ、私の人生を懸けようと思った、本物のフラメンコに

めぐり合うことが出来なかった。





という、、人生の転機になる思いがけない出来事のお話でした。

こういう事って、私の人生、今までいくつもあるので、

また書きます。

今回も長々と書いてすみません。 

書いてる本人は、つい、コーフンしていっぱい書いてしまいました。

読み飛ばしてくださいマシ。


                                     5月19日











 
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by amicielo33 | 2014-05-19 20:57  

    ウップン晴らし!

毎日毎日、どうしてこんなに心が重くなる出来事が世の中で起きるのだろう。

もちろん、良い事だってたくさん起きているけれど、

日本国内もいったいどうなるのだろうか。

原発はとめどもなく恐ろしい方向に向かい、

放射能で、その土地で生まれ育った我が家に未だ、いや永遠に戻れない

土地の問題がまだ山積みで残っているのに

政府は、脱原発どころか、別の原発を再稼働させようと何故か急いでいる。


さらに、憲法の解釈を変え、自衛権たるものの説明をキレイにまとめようとするけれど

政府が国民の声を完全に無視する、我が国の不思議な民主主義のもとで

今、進めようとしている政策は、いつの日か、他国の戦争援助への参加に応じる

準備の第一歩としか思えない。


8%に増税したものの、本当に、本当に、社会保障の安定財源の確保のために

ちゃんと政府は使うことが出来るのだろうか。

きっと裏切られるのだろう。 いつもそうだから。

何一つ信用できない我々の政府。

気が重くなる。


と、このように気が重くなった時は、

① 猛練習をする

② 徹底的に掃除か、片づけをする

③ 海か立ち寄り温泉に車でぶっ飛ばして行く(安全運転です)


チャンチャン と、チョー軽く、

私はこの3つのどれかにいつも頼る。


①については、ガンガンやりたいところなんだけど、

2ヶ月前に右ヒザを捻っちゃって、それからヒザがパンパンに腫れ、

水を抜いたり、ステロイド注射したり、アイシングしたりして

痛みをごまかしながらやっているので、集中してガンガン強くできない状態が続いている。

なので70%の力しか出ない自分の練習で逆に日々ウップンがたまる。



そんな状態で今は、今月の22日に出演する「バラと桜の祝典」にめがけて

一緒に出演する生徒達の特訓・特訓・トックゥゥゥーン!っで、あたしゃ荒れている。


3日前の練習で、本番をシュミレーションして一人ずつ踊らせてみた。

5人中、3人もが全然ちゃんと出来てないじゃん。

おいおい、それでは困るのだよ。


なあああああああんて、言ってる場合じゃない!!!

バッカモォォォンーーー!!!なんだソレ!!!033.gif

舞台本番まであと3週間しかないってーのに、

いったい舞台をなんだと思ってんのだああ???

足の音だって、歯抜けみたいに欠けまくって、何とも思わんのかい!!!

3人にパアアアアアンチ 047.gif


てなことで、一挙にウップンの度数が跳ね上がったここで、

③の、海、または温泉に車でブッ飛ばして行きたいところだけど、

増税と同時に、高速でのETC割引が、私の利用したい時間帯はなくなっちゃって、

おまけにガソリン代も恐ろしく高く、

割引なしの高速往復に、長距離のガソリン代を計算すると、

たとえ800円という安い地方の名湯に入るとしても、

合計金額がけっこうな値段になってしまうので、、、

辛いけんど、、、 ここはグッと我慢して、セ・ツ・ヤ・ク。


てなてなことで、

結果、政府への気の重さとウップン、思い切り自習できない膝へのウップン、

ちゃんと練習していない群舞へのウップンを、

②で挙げた、「徹底的に掃除と片付けをする」で、晴らすことにした。



我がスタジオの天井は、一番高いメインの青い色の部分は5メートルと非常に高いのだが、

エアコン自体は、5メートルでない3メートルの天井部分に埋め込まれている。

このエアコンは、常時使用しているので、半年に1回くらいの割合で、

エアコンのフィルターにホコリがガッツリと溜まってしまうため

天井にあるフィルターを取り外して、掃除をしなくてはいけない。


この掃除が、非常に大変で、非常に危険なのである。

2メートルのハシゴを立て、その上に立って、天井のエアコンの蓋を開けて、

大きなフィルターを取り外し、きれいに水洗いして、元通りはめ込まなくてはいけない。


今は、もう慣れたけれど、2メートルのハシゴの上に立つ恐怖。

さらに、その状態で作業をする恐怖。

まさに、曲芸のような作業。

で、取り外したフィルターを水洗いするのも、かなり面倒なのだ。

スタジオドライエリア(地下だけど、スタジオの外部分)の水道で、

フィルター一面、羊毛のように張り付いたホコリの塊りを、水道の蛇口に指を当てて

水を勢いよく出して、自分もビッショビショになりながら水洗浄していたのだけど、

今年は何と!

「ケルヒャーの高圧水洗浄機」、というものを買ったので、それを使ってみた。

(色んな掃除グッズ買うの大好き~!)


コマーシャルで見た方も多いと思うけど、

汚れた壁や、汚れた庭の床面を、その高圧水洗浄機でジョワーーーッ!と洗うと、

ウヒョヒョヒョヒョ!!!と笑って、バク転したくなるほど、

汚れが落ちて、きれ~~~~~になる。


なので、今年はそのケルヒャーくんのお蔭で、ほんの数分で、

ホコリで羊のようになった大型フィルター4枚が新品同様、ピッカピカになり、

ついでに、ドライエリアの、雨と泥とホコリで真っ黒になっていた、

昔は真っ白だった壁と、コンクリートの床を、ケルヒャーくんの威力によって、

ものの見事に昔と同じ、白壁と、きれいなコンクリの床に復元された。


ホントに、ホントに、ホントに、見事に、そしてきれーーーーーぃに汚れが落ち、

何とも言えない、至福感! そして 爽快感!


しかし!

長年、風雨にさらされ、床に近い箇所で、壁に塗られためくれかけの白色のペンキは、

ケルヒャーの高水圧の勢いで、バリバリ剥がれまくり、

剥がれてもいい! どりゃあああああ!!!と、調子よく続けたので、

狭いドライエリアは、洗浄で剥がれ落ちた壁や、壁と床のドロ汚れが、

ケルヒャーの水圧で舞い上がり、辺り一面、水煙と風とで嵐と化し、

それが頭上にバンバン降ってくるので、結局、私も水とドロ汚れでグチャグチャになった。



それでも、実に、

爽快この上なし!アッハッハー! 003.gif070.gif060.gif



せちがない世の中、

お金もなし、ウップン晴らししたくても何していいのかわからないアナタ、

お掃除しましょ。



なんだか、このお掃除でえっらいキレイさっぱりな気持ちになれたので、

日本の政府は別として、

膝の痛みも気にならず、

ちゃんと踊ってない群舞の子達にも、無理して笑顔がふりまけそう。

そして次のブログもすぐに書けそうです。


                                
                                       5月6日
 





























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by amicielo33 | 2014-05-06 20:31