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  芸術家たち

春~!!!

やっと春になってきた!!!

待ち遠しかった満開の桜を目前に、今、ところどころで満開になりつつある

木蓮(モクレン)の花も目に入ってくる。

私は白のモクレンが大好きだ。

つぼみの先が、必ず北を向くそうで、「コンパスフラワー」と呼ばれているそうな。
(ネットで見て今、知った!)


白モクレンは、とにかく品がいい。

純白のビロードで身を包み、春の青空にデビュー出来る時を、

もういい?もうお花を開いていい?と、身をよじって待つ乙女のように見える。

そして、本当にあっという間に純白の花をパカッと全開し、

木、全体がモッコリと雪に包まれたようになり、

そしてあっという間に満開が終わり、純白の乙女たちはフニャリとバアサンになってしまう。

世の中、美しい時は本当に短い。。。


ところで、先週の土日は、ずっと楽しみに待っていた、

Eva La yerbabuena の舞台を2日間見に行ってきた。

初日は、きっと彼女のコンディションが今ひとつよくなかったのか、

エバを知る人にとっては、ちょっと物足りなかったと思う。

でも、アーティストも人間。

本人はもちろん舞台の上でべストを尽くすけれど、

全てがベストに出来ることなんて、人間である故、そう簡単にはいかない。

なので、「わー!久しぶりのエバのフラメンコだぁ!」 と、

お客としては、ご無沙汰していたエバの姿に感激しながら、初日の舞台を観た。


そして2日目。

さすがさすがさすが。

やはり、Eva La yerbabuena でした。

彼女が踊っていると、彼女を見ている自分の視覚と対等に、いや、それ以上に、

カンテが圧倒的に聞こえてくる。

ということは、どれだけ彼女がカンテを踊っているか、という事だ。


‶ ああ、ここは(カンテの部分)、エバ、貴方はそう感じるのね。。。”

‶ そうそう、今、貴方がカンテに対して感じている事が痛いほど伝わるよぉー”

‶ おお、ここは(カンテの部分)、そう答えますか!(カンテに対して)”


などなど、エバのカンテに対する感覚に、時に共感し、時に驚き、時に泣かされ、

そして心を揺さぶられ続けた。

そして、エスコビージャの部分になると、まぁなんと、リンピオな足音!!!

力の抜けた、でも本当に美しいサパテアードの音から、

「サパテアードによる音楽と彼女の言葉」 が聞こえ、

エスコビージャの展開から、彼女の心の訴えが、見事に力と相まって

見ている人たちの息をも止めてしまうような、起承転結に結び付ける。

お見事!


今回は、生徒による闇ルートで(笑)舞台にうんと近い、スンばらしい席に座れたのだが、

それで余計に、彼女の身体使いを見る事が出来た。

彼女の動きは、全てが「解放」だ。

あの舞台での彼女の動きを、100と例えて、

85くらいは、全て解放で踊っていると思う。

あとの15は、力の絞めと緊張。

だから、あの小さな体で、あれほどの舞台空間を全て使いこなせるのだ。


舞台の後に、トークショーが2日間ともあったけど、

ここでもエバの謙虚さと誠実さが、言葉一つ一つに現れ、感心させられた。

そんな中、観客席からの質問で、一人のフラメンコ練習生が、

「エバの舞台を観た後、自分がフラメンコを踊るということに対して

あまりにも申し訳なさ過ぎて続けることができない気持ちになるので、

”続けていいのよ” という、許可の言葉をくださいませんか?」、と言った。

まぁ、その彼女も、なんと謙虚で可愛いのォォ~、と思わず笑っちゃった。

(そういう謙虚さがある人は、フラメンコから向かってきてくれるし、必ず成長する!)

彼女の気持ちが痛いほどわかる。

それに対してエバは、もちろん続けてという、励ましの言葉を言ってから、

何気にこう締めくくった。

「貴方たちは貴方たちの方法で続けてください。

私たちは、私たちの方法で続けますから。」 と。 

(私は、この言葉の裏を思わず考えた!)


最後になっちゃったけど、カンテも最高でした。

恐ろしく大昔、1989年セビージャ万博の時に、私が日本とアンダルシアパビリオンで

踊ることになった時、今回のエバの舞台で歌っていた3人の中の一人、ホァン・ホセは、

その時代からカンテの上手さはもちろんだけど、私は彼の声が大好きで、

でもその当時、フラメンコをよく知らない未熟な私には、彼に歌ってもらうなんて

あまりにも恐れ多いお願いだったけど、でも憧れの彼に何としても歌ってもらいたくて、

必死にお願いし、そしてステージで彼のカンテに感動してトリハダで踊った思い出がある。


エンリケは、ものすごいパワーで歌うし存在感があるので、歌い手のバリエーションとしては

彼の存在は不可欠だし、もちろん素晴らしいんだけど、、、正直、私は毎度、

繊細さが一切ないカンテだよなぁ、、、と思ってしまう。(ゴメンなさい!エンリケ!)


ホセ・バレンシアも素晴らしかった!

ホセはどんどんカンテがうまくなっているし、今回の舞台のラストに歌ったカンシオンは

(エバは赤いマントンで踊った)、ホセが全身全霊で歌ったので、

エバもそれに全て答え、見ていて、愛おしくて胸がキュンキュンしてしまった。


いやいや、今回も本当に本当に素晴らしい、エバ のフラメンコでした。

踊りが凄すぎて、作品の内容は途中で忘れてしもうた。



と、突然、話しが変わるけど、(なかなか終わらないブログでスンマセン!)

水曜日から、フィギュアスケートの世界選手権が始まった。

初日から、ソチ金メダリストの羽生くんの事ばかり報道するけれど、

私は初日のショートで1位になった町田樹くんの「エデンの東」に、心から感動してしまった。


みんな、町田くんの髪型が好きじゃない、とか、

演技し終わった後の挨拶がクサ過ぎるとか、いろいろ言うけど、

私は彼を、芸術家だと思っていつも見て、いつも応援している。

ショートプログラムで1位になった、あのエデンの東は、技術の事はよくわからないから

ジャンプやステップはもちろん完璧だったんだろうけど、

特に、彼の作品に対する感情表現、作品への愛と想いがひしひしと伝わり、

その想いを伝える、一つ一つの動きと技術が実に美しく、

本当に、芸術家としての演技だったと思う。 振付も美しく、完璧。


演技の後、完全にエデンの東の中に心が入り込んでしまっていて、

観客の声援にもなかなか反応しなかったし、お辞儀の仕方がクサく見えたかもしれない。

でも、あれは、心が作品の中に完全に入り込んでいたから、だと思う。

あれだけ集中して心が入り込める、というのは、そう簡単には出来ない。

彼の哲学と芸術性で、これからもっともっと頑張ってほしい。

(彼のエキジビションで、片手が血に染まった作品と、

マジメ学生が夢の中に入り込むのも大好き!)

今日のフリーも、頑張ってほしい!!!


てなことで、、、


フラメンコでも、タブラオのおねーさんになるか、フラメンコダンサーになるか、

フラメンコを芸術家として踊るのか、、、


そしてフィギュアスケートでも、

競技者になるか、アイスショーのショースケーターになるか、

フィギュアスケートを芸術家として演じるのか、、、


この違いを出せるのは、全て、その人の持つ知識の量と、

最終的に自分がたどり着きたいと思う、目指す到達地点によって、

変わってくるものだろう。


いずれにしても、芸術家になるには、、、、

人の心を強く揺さぶれるまでの感性と、

天才、もしくは才能がなければ、、、難しい。 


今世は手遅れなので、ワタシが次、生まれてくる時は、

世界中の人がのけぞる、すんごい芸術家になるぞ~! ウォー!066.gif 



                              3月28日
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by amicielo33 | 2014-03-28 13:17  

   昔のエッセイ第3弾

今日は、昔のエッセイ第3弾を載せたいと思う。

私はフラメンコを学び知るために、15年間スペインのセビージャに腰を据えて

フラメンコの踊りの勉強はもちろんだけど、

フラメンコの歴史を生んだアンダルシア地方の人々は、

どんな生活をし、どんな会話をし、どんな考えを持って生活をしているのだろうと、

そんな彼らの人間像を知りたくて、日々アンテナを張って生活していた。

アンダルシアの人たちからの発見は数えきれない程あり、

そして学んだことが山のようにある。

その中の一つとして、彼らの「親切の表し方」だった。

このエッセイは12年前、私がセビージャにまだ住んでいた頃に書いたものだけど、

日本に戻って来てからも、未だに毎日、事あることに彼らの親切を無意識で

思い出しながら、彼らから学んだ親切の表し方を実施するようにしている。

12年前は、今よりももっとアホ頭で書いていたため、エッセイの中で

言葉足らずの箇所がいくつかあったので、ちょっと書き足したところもある。


てなことで、読んでちょ!

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AMI’s 
エッセイ 走れよ、走れ!!その澄んだ瞳のままで・・・

058.gif「スペインで学んだ ‶親切”」


旅行や留学でスペインに来た人が、必ず口にする言葉は、

「スペイン人はとっても親切!」 である。

もちろん、一般的に日本人も他人に対してやさしい。

日本人にしかない繊細な心の配り方に、感動することがよくある。


でも、日本とスペイン、親切さを比べるのは変だが、

その親切のタイプが違うように思うのだ。

スペイン人の他人への親切は、‶家庭の延長” のような、

自然な振る舞いが目立つ。

お年寄りや体の不自由な人を助ける時の、呼びかけの言葉や行為などが、

どの年齢層の人も実に慣れていて、自然、かつ家庭的なのだ。

たとえ、麻薬やっちゃってるオトコだろうと、気弱そうな人や悪ガキたち、

顔中穴開けてリング付けて、全身イレズミだらけのニイちゃんネエちゃんだって、

弱者には、必ず、自然に親切なのである。


スペインでは、こんな ‶親切” の風景をよく目にする。

目の不自由な人や(スペインでは彼らが社会で働ける場が多い。特に宝くじを売る職に

就いている人を街中でよく見かける)、身体の不自由な人、お年寄りがバスに乗ってくると

「ここに来た方がいいですヨ。 ホラ、ここは人が少なくてゆったりといられるでしょう?

そう、ここの手すりにつかまって、あーそう、そう、そこですヨ」 と、

じつにみんな大きな声で誘導しながら手を差し伸べる。


さらに先日私が見た光景は、

盲目の元気なオッサンがバスに乗りこみ、

乗客みんなの指示で、立ち位置を無事に確保した。

すると、奥の方に座っていた青年がスクッと立ち上がって大きな声で、

「今つかまっている位置を、もうちょっと、10センチくらい右にずらした方が

足元がふらつかなくて安定しますヨ!」 って。

もちろん、盲目の方なので、その青年が自分に言ってくれた、とは気が付かなかった。

すると直ぐに、盲目の人のすぐ横にいた男性が、その青年のアドバイスを受け止め、

そしてすぐさま盲目の人に、

「10センチ、そう、あと10センチ右にずらして。そうそう、ムイビエン!」

と、アドバイスのリレー。

10センチまでも指示するとは、、、スゴイ~~、と思わず唸ってしまった。



道で歩いていたお婆さんが、思わず転んでしまった時、

即、そばにいた人が助け起こしてあげ、

それをお店の中から見ていた男性店員が、急いで道にお店のイスを持ち出してきた。

そして、「アブエラ、(おバアチャン) ここに座ってください。

サァ、落ち着いて。 転ぶと、誰でもショックを受けるものだから。

そ、もう大丈夫。 気にしないで気分が落ち着くまで座ってていいですヨ。

ゆ~っくりと深呼吸をして」 って。 

男性なのに、お年寄りへのいたわり方を実によく知ってるな~、って感心してしまった。



おじいさんが点滅中の青信号の中、ヨタヨタと横断歩道の真ん中を歩いていた。

すると、近所でいつも見かけるドロガディクト(麻薬患者)が、

そのおじいさんにフラフラと近寄り(麻薬患者だから歩くとフラフラする)、

腕をすっと差し出して、

「セニョール、腕につかまって。 もうすぐ信号が赤になるから一緒に渡りましょう。 

ゆ~っくり、あわてないで」 って、おじいさんをサポートして無事に渡らせてあげた。

(その後、麻薬を買うお金も要求しなかった!)

それを見て、へぇぇぇ~ あのドロガティクト、カッコいいじゃん、って感心してしまった。



小さな女の子が、お母さんよりも先に乗ったところで、バスが急発進した。

その子がひっくり返りそうになったその瞬間、

そばにいた男性が、スバラシイ反射神経でパッと腕を伸ばして女の子を支えた。

同時に、それを見ていた乗客たちがいっせいにバスの運転手に、

「ちょっと! 下手な運転するから小さな女の子がひっくり返るところだったじゃない!

急ブレーキ、急発進するのは、運転が下手だからダゾ!」 って叫んだ。

日本では絶対にありえない場面だ、と感動した。



以前、私がマカレナ(セビージャの一地域)からバスに乗った時、

背後に怪しいオトコの接近を感じた。

そこでバスに同乗していた女性一人の大きな声が、

「ちょっと(私のこと)! こっちにいらっしゃい!あなたの後ろにいる、その男、変ヨ!

危ないからこっちにいらっしゃい! 早く早く!」 って。

それに続けて、私の周りにいた女性たち全員が大きな声で

私の背後の怪しいオトコに向かって、「変なオトコ!」 と叫び、

さらにその中の一人の女性が私の腕をつかんで、オトコから引き離してくれた。

要するに、バスの中の女性全員で、チカン男から守ってくれたのだ。

女性全員に総攻撃を受けたオトコは、真っ赤になって次のバス停で飛び降りた。

私は、大感動をした!



ある日バスの中で(セビージャはバスしか乗り物がないのでいつもバスの中の出来事)

私の靴ヒモがほどけているのを気が付かないでいると、

正面に座っていた男性が、

「オジェ!(ちょっと!) キミの靴ヒモ! 立つ時に踏んだら転ぶから危険ダヨ。

結んだほうがいいヨ」 って。

まぁ~やさしい! と幸せになってしまった。



こういった親切をよく観察すると、家庭の中で普通に口にすることの延長のようにみえる。

スペインでは大家族が一般的で、常に家族が一緒にいることが多く、家族愛がすごく強い。

生まれた時から、親たちが、子供達や祖父母達に常にする〝いたわり方” を

見て育つのだから、自然と習慣化するのだろう。

それに、ラテン系の特徴でもある、

「ものおじしないで、恥ずかしがらないで、思ったことを話し、行動する」 という習慣も

大きく寄与しているのだろう。


こうしてスペインの他人へのいたわり方を見ていると、

私もこう出来たらなぁ、と思う。

今若くても、いつかは年を取る。 今元気でも、いつかはどこかが痛くなる。

自分が弱い身体になり、そして痛い思いをして、初めて人の痛みが理解できる。

しかし、今、その痛みを理解できなくとも、自分の家族に対して自然に出る

いたわりの言葉や行動を、家の外でも、今目の前にいる、赤の他人にでも、

スペイン人のように口に出して行動出来たら、、、、

きっとたくさんの人が、そんな親切を受けて幸せになり、

そしてその幸せを、また別の人に分けてあげたくなるだろう。


お年寄りや身体が不自由な人を目の前に、一声もかけられない人たち、

中には知らん顔をする人たちが多い日本。

せめて、スペインと強いつながりを持てる日本フラメンコの世界からでも、

積極的に真似をしたい、スペインの素晴らしい習慣ではないか、と心から思う。

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                                  3月13日


















 
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by amicielo33 | 2014-03-13 23:59  

   急にドタバタ!

疲労困憊のため、身体から危険信号を発信され、1月下旬より帯状疱疹。

そこから堰を切ったように体調が奈落の底へ。

2月の大雪の際、雪かきでスイッチが入り、3倍速でシャベルを振り回し

本番の舞台で踊るより大汗をかき、それにより大風邪を引く。

申告締め切りを目の前に領収書の山の中に埋もれ、

想像をはるかに超えていた出費を改めて見て、風邪が悪化。

来年は破産しているかもしれませんと、税理士さんに泣きつき、

ま、そうなったらその時はその時でと、税理士さんに軽くあしらわれる。


それでも、日々、ヒッシにフラメンコをガンバっている生徒達や、

もうすぐ赤子が生まれるお腹パンパンの生徒や、

「ほ~ら、これがアミ先生でちゅよ~」 っと、最近生みたてホヤホヤの

赤子たちを連れて元気よくスタジオに遊びに来てくれるカワイイ生徒達に、

絶不調でヘロヘロになっていた私は大きな元気をもらい、

ようやく、春に咲こうとしている小さなツボミたちのように、

少しずつムクムクと起き上ってきたところだ。


生徒・クリとツネが赤ちゃんを連れてスタジオに遊びに来てくれました!
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てなことで、

さぁ~!グダグダ言ってないでガンバらなけれねば! と叫んだ矢先に、

偶然にも、ド~~~ンと大きな郵便物が届いた。

なんだこりゃ?と、開けてみると、

日本フラメンコ協会と現代舞踊協会合同のフェスティバル、

「バラと桜の祝祭」の、モモ色のチラシが大量に届いたではないか!!!


ギョエ~~~!!!と叫び、

体調も悪かったし、5月なんてまだまだ先の話だっつーに、と思ってたら、

こんなにたくさんの観音開きのチラシなんぞが届いたものだから、

一挙に現実感が増し、ドッと冷や汗が出てきた。


さらに、下見(作品を披露して、照明監督に照明を作っていただく日)が

5月1日予定と書いてある。

どひゃあああああああ!!!時間ないじゃん!!!

ホントに、どえりゃーことになった!


このバラと桜の祭典は、去年の段階で、フラメンコ協会じゃなくて
(私が協会の役員になるのをお断りし続けておりまして・・・す、すみません!)

現代舞踊協会から出演を依頼され、その時に、

「群舞の奨励賞を取られた生徒さんもご一緒に、受賞の作品を踊られたら

いかがですか?」と、このように現舞協会の方に言われたので、

調子のいい私は深く考えずに、

「あー、それは楽しそうですね!んじゃ、出まぁ~す070.gif

と、返事しちまったのである。



この作品とは、去年のフラメンコ協会主催の新人公演で

「Las alas y los gritos  ~羽と叫び~」 という作品を生徒達が見事に踊り、

群舞の奨励賞をいただいた作品である。

これはこれでいいのだけど、、、、

調子よく、私がメインになって踊ります!なんぞと、言っちゃったものだから、

出来上がっている作品をそのまま出品するにわけにもいかず、

大々的に、振付と構成を変更しなくてはいけなくなった。



てなことで、

昨日届いた大量のモモ色チラシを目の前に、

今日はスタジオにずーっとこもり、どんな構成にしようか、

どんな振付にしようか、

ひたすらウンウン唸りながら考えまくっていた。



作品を創る時は、いつも紙とペンが必要で、

テーマや、頭の中でひらめく、すべてのイメージや言葉を全て書き出していく。

それを少しずつまとめて、だんだん全体像が見えてきて、

そして、各場面での、具体的な構成と振り付けのイメージが、頭の中で見えてくる。

そこに至るまで、ウンウン、ウンウン、ひたすら唸って考え続ける。

その間、コーヒーを飲み倒し、最後に胃が気持ち悪くなる。



で、もうこれ以上、アホな頭をひねっても、いいアイディアが出ないので

「もーやーめた」、っと言って、今、事務所のパソコンに向かい、

こんな変なブログを書いてしまった。



先月に書いた、『恩師』 についての第二弾、「岡田マサミー!」を書こうと思いながら、

ノビノビになっちゃってるので、もうそろそろ書こうと思う。

10年前のパセオに掲載していたエッセイも書きたいし、

私って、書くのがどうも好きらしい。アハハハ


っつーか、そんなことは、どーーでもよくて!!!

とにかく!昨日から、大量のモモ色チラシのせいで、

平穏無事だった生活が一転しちまったのである!

急に、おっそろしくドタバタの生活が再び始まってしまったのである!


これを皮切りに、バラと桜の祭典の5月の本番前、要するに4月から

オペラ「アイーダ」の、フラメンコじゃない振付けをやらなきゃいけないし、

5月から、生徒発表会の準備と、秋の私のリサイタルの準備も始めないと

何もかも間に合わなくなる!


マジメに考えるとものすごく焦るので、フマジメに考えよう。

なああああんて、くだらん事言ってる場合じゃなくなってきた!

帯状疱疹がまた出ちゃうよ~~

                       
                              3月10日
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by amicielo33 | 2014-03-10 23:29  

   昔のエッセイ第2弾

パコ・デ・ルシアが亡くなった。

また一人、スペインのフラメンコに、なくてはならない存在の人が

いなくなってしまった。

パコは、フラメンコ界に革命を起こしたギタリストだけど、

そのパコも交じって、良き時代のスペインのフラメンコを支えてきた人々が

また一人、この世から消えてしまった。

胸のどこかに、小さな穴が開いたような、そんな寂しさを感じてしまう。



ところで、毎日、領収書との闘いである。

なぜなら、申告の時期だから。

昨年1年分の領収書をキチンと分けて、そして入った収入も書き出し、

それを税理士さんに渡す、、、

ってな作業を、毎年2月の後半から目を血走らせてやる。

でも、今年はラッキーにも、毎年恒例の3月のエルフラメンコ出演を断ってあるので、

領収書との闘いも、例年よりかはやや余裕がある。


それにしても、昨年は、ぶっ倒れるほど支払いをしまくり、

足りなくなった分、根こそぎ口座からお金を引き出し、

ただでさえ少なくなっている口座が、

涙チョチョ切れに減ってしまった。


うりゃ~、こうなりゃゼロ円になるまで、使っちゃる!!!と、開き直り、

ゼロ円になったところで、スタジオを閉める、と計画している。

それにしても、踊り手って、なんでいつも「お金がない」という言葉を

一生かかえて生きていかないとダメなんだろう。

スタジオの賃貸料、光熱費、そして自分が住む家賃、光熱費、

お月謝を生徒から収めていただいても、

入った同じ額、支払いに出て行ってしまう。

今月も手元に残らないじゃんか(:_;)


さらに、ライブで踊っても、踊り手だけ赤字。

舞台で踊ろうものなら、主催者の自分だけが、大大大赤字。


自分が、長年、命を懸けて、そして巨額の資金を払って打ち込んできたフラメンコを、

ステージの上で全身全霊で踊り、

そしてそれが、最高に輝くべき瞬間と、場所と、機会であるはずのに、、、

もちろん、私の踊りを見て喜んでくださる方々がいてくださるからこそ、

いいフラメンコになるよう、精いっぱい頑張れるし、

みなさんの感激や喜びが、一番の私へのご褒美になるし、

また次の舞台のために頑張ろうと、大きくて強い最高の励みになる。

しかし、もっともっと現実的に話しを進めると、

舞台で頑張った成果と結果が、「赤字」なのだ。


人は、頑張った分のご褒美をもらえると、もっと頑張ろうと思う。

それが、「お金」であればめちゃめちゃ嬉しい、というか、「助かる」。

そのお金でブランドのバッグや洋服を買うのではなく、

そのお金を、フラメンコのために使えるから。

フィギアスケートの、安藤美姫さんだって、

高須クリニックの社長の援助がなかったら、スケートは続けられなかったし、

結果は残念だったけど、オリンピックを懸けての試合には出られなかった。


は~~っ、といつもため息をつく。

また今月も今年も、大金を払わないといけない。

10億円の宝くじとは言わないから、せめて100万円でも当たらないかなぁ。

一攫千金を得られる方法って、何かないかなぁ。

くじ運は、飛びぬけて悪いし、

ギャンブルなんて、絶対にむいてないし、

世界の大富豪のジジイが、私に惚れる可能性は100%ないしなぁ。

と言いながら、スタートした3月。


ま、ここで気分転換して、

前回書いた、エッセイの第2弾を書きたいと思います。

この巻は、アンダルシア人、特にセビージャ人が、

”見た目”、を大切にすることを書きました。

このエッセイを書いた、セビージャ人達が外人に対する意識は

10年前と今はちょっと違うかもしれないけれど、

それは、東洋人を見慣れたことと、口に出さないだけだと思う。

とにかく読んでくださいマシ。


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AMI’s エッセイ

走れよ、走れ!! その澄んだ瞳のままで・・・

058.gif「見かけを大事にする人々」



セビージャの人は、外見をものすごく気にする人達だと思う。

美人であるか、美男子であるかで、人間の好感度を決めてしまうくらい。

女性なら、若くても中年でも、すごくイイ女で、女性ホルモンムンムンで、

スタイル良く、オシャレな身をしている人、それだけで第一印象は最高で、

「エス、グァッパ(美人だぁ!)」の一言を言われ、最優先の待遇が待っている。

オトコも同じ。


若いカップルが恋人同士になる条件も、まず外見が一番らしく、

それから時間が経ち、

「もうすぐ結婚するンダ。愛しているし、何よりも美人だから!」 と言う。

結婚の理由がこれでエエのかぃ?と思わせる言葉をよく耳にする。

もちろん中身だって、当然重要視していくけど、

とにかく一番、「見た目の美しさ」の判断から始まるようだ。

だから、離婚も多いけど。


「貯金するお金はなくても、食べ物と着るものは費やしていたのよ」、と

昔を振り返って年配の女性は教えてくれる。

「いい身なりをする」、というのは、経済状況の厳しかった歴史の

反逆精神からかもしれないし、

この土地の人々が受け継ぐ、美とカッコよさに対する執着心かもしれない。

だから一般に、ファッションセンスがかなりイイ。

ただし、高級ブランド物をつけている若者の姿は絶対に見かけない。

ある程度の年齢と身分に達した人々だけが身に付ける。

そして今の時代でも、週末の家族全員ビシッと着こなして、

その辺を散歩に出かける姿を普通に見るし、

劇場や食事に行くのにもバッチリ決める。

自分をカッコよく、そして美しさを、思い切りアピールできる場所を、

いつも彼らは求めている感じがする。


ところでスペインでは春にセマーナサンタ(カトリックの復活祭)というお祭りがある。

特にこれはアンダルシア、中でもセビージャとマラガで大々的に行われる。

そして余談だが、セビージャのセマーナサンタのもつ、フェリア(春祭り)よりはるかに

強く濃いフラメンコ性を、詳しく書きたいのだが、

そうしたらまたパセオが特集を組んで、

イケイケセマーナサンタにしそうなのでやめとく(笑)。

話しを元に戻して、このお祭りでは、街中の全ての教会からキリスト像とマリア像が、

お神輿に乗って出るのだが、豪華に飾られたマリア像というのが、

昔の日本のデパートに飾ってあった、”つけまつ毛” をバッチリつけた、

マネキン人の顔と同じ。

それを見るために、このお祭りの時は、日本の電車ラッシュ状態のようになる。


そんな中、特に有名なマリア像が教会から出た時に、いっせいに沸き起る叫び声。

それが、「グァッパ!グァッパ!グァッパ!」 でアル。

これを叫びながら、人々は感極まって涙を流す。

う~~~ん、マリア像の顔と姿、存在、すべて含めて、”美人”、という表現を

しているんだろうけど、「信仰」のお祭りで、

バッチリつけまつ毛と、宝石で出来た涙を流すマリア様に対して、

「美しい!美人ダァ!」 と叫ぶ、ってことは、、、

やはり美と美しい女性への憧れを道徳としているこの土地の人々だからだろう、と

私は勝手に思ってしまう。

日本で、おだやかな顔の仏像の”存在”に、我々が 「美しいな」 としっとりと

感じるのと同じかもしれないが、

カミサマ関係のものに、舞台用つけまつ毛と、超豪華の宝石涙は、

なぁ~~んかヘンですぞ。(信仰心の強い人、お許しくだされ!)


さて、また話を元に戻して、長々となぜこんな前置きを書いたかと言うと、

旅行や留学に来る人々が、ここでは「格好で損得する」、ということを

話したかったのでアリマス。

どう見られようといいじゃない!と言わないでマァ、聞いてくださいナ。

電車の中で、一目構わず平気で化粧する女性と、それに慣れちゃうような

日本じゃぁないんだから。

ここは自尊心が強い土地なのです。


こちらに住んだことのある人はわかると思うが、

悲しい話、かなり東洋人への偏見がある。

人種差別なんて!と、彼らは必ず言うけれど、無意識の差別はどの世界でもあるようだ。

日本人は見た目において、これも悲しいかな、確かにマイナス面が多い。

外国に住んで、第三者として我々を見たり、差別されたりして、

初めてそれがよくわかる。

だからといって、自分達を卑下してはいけないし、日本人として誇りを持つべきだし、

それに怒りを覚えたところで解決にはつながらない。

ただ、この土地のこういった「美」への意識を認識した上で、

留学、観光に来た時に、場合によって嫌な思いをしないように

「見た目をキチン(個人の感覚の違いはあるが、とにかくキチン、とである)として、

胸を張っていることが得につながる」

ということを知っておいたらいいと思う。

お金をかけた身なりは必要ないが(それに危険デス)、

そうしないと、お店では変な商品を渡されたり、ごまかされたり、

相手にしてくれなかったり、特に若い男女でみすぼらしいカッコをしていたら、

最近は移民問題が非常に多いので、警察に尋問されますヨ。

と、様々な部分でイヤな思いをさせられる場合があるからである。


お金がからむ公共の場では、キチンとした身なりと、そして、

「目をしっかりと合わせて、挨拶が出来る事」、で我々への対応が違うということを、

知らないよりは知っておいたお方が絶対にいいと思う。

とにかく、ここの土地では、

”美しく、カッコよくしていれば、得する”

ようでアリマス。

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                                3月2日
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by amicielo33 | 2014-03-02 20:57