マルワのコンクール審査

1ヶ月続いた大型台風のような小松原庸子先生の舞台も無事終わり、

その直後、税理士さんに大量の領収書を提出して確定申告も無事終わった。

バンザイ!!!

というところで、今年のマルワのコンクールについて書こうと思う。



今年もこのコンクールの審査員をやらせていただき、

多くの素晴らしい踊り手たちの ”一曲入魂” の踊りを、拝見そして審査させていただいた。

決選のレベルは高く、技術的にほぼ全員が高い技術力を持っていた。

しかし、今年の審査ほど、審査員全員で頭をかかえたことはなかった。

本当に素晴らしく踊った踊り手たちの中で、

「絶対にこの人が優勝!」という、抜きん出た印象の人がなく

全員で出した採点結果を見ても納得がいかず、なかなか全員一致にならない。

なので何度も何度も話し合い、そうしてようやく結果を出したのだ。



ここで多くの人から「審査する内容はどんなことですか?」とよく聞かれるので、

この機会に書きたいと思う。



フラメンコ舞踊のコンクールでも、大きく分けて技術点と芸術点の大きな二つの枠で採点する。

まず「技術点」についてだけど、

正確で安定した身体の軸、足さばき、サパテアードの音質、

コンパスの乗り、曲のセンティードを捉えたマルカールになっているか、

ブラソの使い方の美しさ、回転の軸の安定性など、

多くの技術が訓練されているかをしっかりと見る。

緊張や癖で、肩が上がったり、肩と背中周りにガチガチに力が入ってしまうのは

つい無意識にやってしまう事なので気を付けた方がいい。

要するに、技術の完成度というところを徹底的に見る。



次に「芸術点」。

芸術点だからといって、顔の表情や華やかな印象だけを採点するのではない。

フラメンコの曲をどれだけ理解し、それを表現できているかは非常に大きな採点のところ。

バックに素晴らしい歌い手やギタリストを準備して、

ウルトラ級の技術力で踊ったとしても、

歌い手やギタリストが演じている感覚と内容を

踊り手が受け止めて、共感、同感していない表現になるのは、

カンテを聞いていない、カンテを理解していない、その曲そのものの理解が足りないが故。

実に大きな減点対象となる。



それとこれは技術点にも共通することだけど、審査項目の中で重要視することは、

舞台空間(床の広さだけの問題ではなく、劇場の縦・横・斜め・奥の空間)

をちゃんと使いこなせているかの身体的技術と、踊りの振付けと構成だ。

例えば、タブラオ用の踊りを、そのまま舞台で踊ったらマイナス面が多く出る事がある。

小さな場所では良くても、大きな舞台となると「空間」に存在が喰われてしまうからだ。

大きな舞台をこなせる踊り手は、かなりの舞踊基礎訓練を積んだ人たちだ。

そして日頃から、舞台芸術に関しての意識や知識が高い人も、

舞台に立った時に、自然とそれが出て、舞台空間を支配できるのだ。

こうしてこの大きな舞台空間の中で、後部座席の客席にまで、

技術だけでなく、心を打つほどのフラメンコへの深い表現を伝えられたら、

絶対に全員の審査員とお客さんの印象に強く残る、素晴らしい踊り手であると言える。



その他の採点の箇所を挙げると、、、、

舞台に立った時の、踊り手としての品性や存在感があるか、

衣装の質や趣味、品性、着こなしの良さなども大事だ。

もちろん髪の毛のまとめ方や、花やペイネタの付け具合なども見る。



そういえば、、、今思い出したけど、今回の予選で非常に多かったのが、

「顔で踊る」人がとても多かったこと。(決選でもいた)

これは徹底的にマイナスにつながる。

だって印象がとてもイヤらしくなってしまうんだもの。

表現は、身体と音で表すもので、それにリンクして顔の表情が自然に伴わなくてはいけない。



それと、これはとても専門的な見方になってしまうのだけど、

曲に、自分の想いを込めるのは素晴らしい事なんだけど、

込め過ぎる踊りは、結果として、その踊り手の気持ちだけが全面的に前に出てしまい、

踊っている曲が陰になってしまうので気を付けた方がいいと思う。

たとえば、一番難しいジャンルの、ソレアやシギリージャなどは、

演じたその人の人生観がにじみ出てくるものだけど、

それは、「ソレア」「シギリージャ」が主役であるのであって、

その人の想いや人生を、ソレアやシギリージャという手段を使って

表現するものになってはいけないと思う。

〇〇さんはスゴイ踊りだ、というのはもちろん素晴らしい褒め言葉だけど、

それは、”踊る技術や気迫” がスゴイのであって、

フラメンコをやっている人にとって最高の褒め言葉は、

「〇〇さんは本当にいいソレアを踊る」

「〇〇さんのシギリージャは、正にシギリージャだ」

など、フラメンコが一番の主役にならなくてはいけないと思う。

この点に関しては、日本のフラメンコ界は、踊りが中心となって成り立っていて

本当の意味で、スペインのフラメンコ=カンテ が日本の人たちに

ほとんど理解されていないので、どうしてもフラメンコの良し悪しの基準は、

”踊りの技術面” だけで判断してしまう結果となってしまうのだ。

確かに日本のフラメンコ舞踊のレベルは驚異的に上がったけれど、

原点であるスペインのフラメンコと根柢の部分でレベルが同じになれないのは、

スペインのカンテに対する愛好者や理解者が日本にはあまりにも少ないからだと思う。




最後に、マルワのコンクールが素晴らしいと思うのは、

優勝者を決める、正式なフラメンコ舞踊コンクールで、

優勝と準優勝した人には、これまで頑張った分の賞金と、

スペインで勉強しなさいという大きな後押しをしてくれることだ。

マルワのコンクールで優勝する事は、フラメンコのプロになる ”出発点” 

という捉え方なので、私はそこに心からの敬意を払っていて、

こんな私でも、微力ながら協力させていただきたいと思うのだ。



マルワ財団の方々は、このコンクールの質を高めるために

毎回毎回(表からはわからないけれど)色々な論議を繰り返していらっしゃる。

誰もが、このコンクールに挑戦できるように門戸を開き、

たくさんの応募者の中から、どうやって優れた優勝者を選び出せるか、

審査をする過程、方法、内容などを繰り返し話し合い、

そして血と汗と努力で勝ち得た、優勝、準優勝の踊り手たちが、

今後少しでも成長できるように、どのような機会を準備してあげられるかなど

様々な工夫や話し合いを繰り返ししていらっしゃるのだ。



長く難しく書いてしまったけど、

これが、私の目から見たマルワのフラメンコ舞踊コンクールだ。

踊る人も命がけ、審査する方もそれを全身で受け止めて

全神経集中で審査するので、本当に疲労困憊になってしまう。

しかし、コンクールに懸けて踊っている人たちは、実にけなげで美しい。

              
                         3月15日






















[PR]

by amicielo33 | 2017-03-15 23:31  

<< ...    忘れられない凄いコンパス >>