四万十川と岡山・直島の写真なり~

本日は高知県・四万十川と、

最終日に訪れた、岡山県宇野港から船で渡った直島の写真です!



長い間、訪れてみたかった四万十川へ。

私は、水のあるところは必ず、何気なくゆっくり一周する船に乗るのが好きで、

なので、四万十川でも屋形船に乗りました。

私と、お二人揃って80才を迎えた記念に四万十川を訪れたとおっしゃるご夫妻と

合計3人で、ぜいたくに屋形船に乗って、最高に美しい四万十川を見ました。

いやぁ~ 本当に穏やかで、静かで、美しくて、

川と空以外は全て、輝く緑、緑、緑。

たくさんのウグイスの澄み切った声が響き渡り、

こんなに心を癒してくれるものって、

私にとっては ”大自然” なんだなぁ。




  正に鏡のよう
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 川がクネクネしているから水面に風が当たらず、波が立たないんだって
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もうどこが境目がわかんなくなる
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四万十川が大水に襲われた時に、

橋が流されないように、何の手すりも柵もない

「沈下橋(ちんかばし)」が合計47もあるそうで

この写真はその中の一つ、高瀬沈下橋。

車1台分ギリギリの幅しかなく、よそ見したら車ごと落ちるので、

かなり緊張して運転! おっとろしかったぁ



             
              写真だと道幅広く見えるけど、車幅だけでギリギリ
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四万十の美しさを堪能したのはいいんだけど、

屋形船に乗るためと帰りも四万十川沿いの細い道や国道441号を通るのだけど、

恐ろしく細い道幅で、普通車1台で道幅ギリギリの箇所がわりとあるのです。


もちろん対向車も来るし、クネクネのカーブの連続が数キロ続くので

対向車が来ないように!!!と祈り倒しながら必死で運転!


たまにすれ違いできるように広くなってる場所はあるけれど、

万が一、道幅が狭いところで対向車と向かい合うと、どちらかが

何十メートルも、クネクネのカーブをバックしなくてはいけないので

運転に慣れてるとはいえ、あんな場所でバックしたくない!

いやいや、四万十の道は、おっとろしかったぁ~~~。





最終日に、瀬戸大橋を渡り岡山県に入って港に車を停めて、船で直島へ。

直島、豊島、犬嶋は、ベネッセが現代アートに力を入れてる島々。

2年前に豊島を訪れてとても良かったので、今年は直島に行きました。



            
  直島の宮浦港に着くと、真っ先に草間彌生さんの作品が見えます
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              このかぼちゃの中身はこんな感じ
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広い場所では、レンタサイクルを利用すべし!

私がモットーとしている事でござりまする。

なので、直島でも真っ先に自転車をレンタルして島内を走り回りました。


              
 「地中美術館」(内部写真は禁止) 私の大好きな美術館です
  美術館内に4つの大きな作品があり、なぜ「地中の作品か」を感じ取ることができますヨ
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              ここも良かったなぁ  李禹煥(リウファン)美術館
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         ここも館内撮影禁止 なので入り口の壁にある彼の作品を撮影
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           神社全体が現代アートになってる  階段が分厚いクリスタル              
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       上の作品の地下へは、懐中電灯を持って暗黒の場所に入ります       
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              私の好きな、ニキドサンファルの作品
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              デッキの木陰も気持ちいい! 
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              これも有名な、草間彌生さんの作品
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     このカボチャをどう撮影するか、6人のスペイン人観光客が大騒ぎしてました     
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              おお、実にモリモリしてますなぁ
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他にも、もっともっとたくさんの作品があり、

自転車で制覇していきました。



今回の旅でも、大自然に包まれ、癒され、励まされ、大きな力をもらいました。

日本の自然は本当に本当に繊細で素晴らしい。

日本にはまだ知らない素敵な場所が何千何万とあるから、

チャンスを狙って少しずつ訪れたいと思います。



来年は、広島や山口の方へ行きたいなぁ。

帰りにまた、豊島に行きたいよ~。

今回の旅は、合計2400km の行程でした!

               
                          5月24日

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# by amicielo33 | 2017-05-24 16:19  

         高知に行ってきました

毎年恒例のお伊勢参り。

そして私の大好きな長距離ドライブ。

気持ちが元気になったところで、さらに気力を高めるために

伊勢参拝で感謝の気持ちをしっかりと伝えるのをスタートとして、

その次の日から、ずっと行ってみたかった高知県を走りまくりました!

伊勢から、淡路島経由でなく、岡山から瀬戸大橋を渡って四国に入り、

そのまま縦につき切って一挙に高知市へ。



高知県では、高知市→室戸岬→足摺岬→四万十川 をめぐり、

最終日は岡山の宇野港から船に乗って直島に渡り、現代アートを楽しんできました。

数々観光した中で、特に印象に残ったところの写真を紹介したいと思います。

今日のブログは、高知市内の牧野植物園と、土佐清水市にある、

竜串海岸の写真をお見せしたいと思います。



私は、観光した先々で植物園があると必ず行くのだけど、

植物園なのに、感動して涙が出たのはここが初めてでした。

「日本の植物学の父」と呼ばれた牧野富太郎植学者。

恐ろしいほどの情熱を一生涯かけて、植物採取や新種の発見に尽くした

牧野富太郎さんの一生を知って、胸が熱くなり、その情熱に涙が出ました。

植物園の建物は、実におしゃれで、素敵な空間であふれていました。



              「高知県立 牧野植物園」正面門
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              門を入ると長い回廊
              
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              ホッとできる空間ばかり
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                  広い中庭の中の池を渡り、奥の熱帯植物館へ
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               熱帯植物館の入り口
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              巨大オニバスの裏側
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              巨大オニバスの子供が、亀の子タワシみたいとは知らなんだ
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次の写真は、土佐清水市にある 足摺宇和海国立公園の中の「竜串海岸」。

ここは、奇勝奇岩の壮大な景色で、全てが不思議な岩ばかり。

自然が創り出す驚異の世界に感心しまくりでした。





              巨大ウンコみたい 恐竜の骨、の方がきれいかな
              
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              こういうのが何百本も、ドバーッとあるので圧巻!   
              
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              こんな岩もあるヨ  気持ちわり~ イ~ッとなる
              
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              不思議な状態で埋まってる、丸い石たち
              
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              恐竜の背びれみたいなのも埋まってました
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              激しい波や風の浸食で出来た、蜂の巣構造という岩肌のアップ               
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ここまで書いて、すんごく疲れたので、

私にとってベストだった、四万十川は次のブログに書きます!

                        
                                  5月22日



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# by amicielo33 | 2017-05-22 22:49  

    ずっと気持ちが ⤵⤵⤵ でした

今年の3月頃からつい最近まで

「自分とフラメンコ」について考えてしまって

ま、これは、スペインに留学に行ってから、頻繁にぶつかってきた壁だけど、

今回はなんかしら、ずっと重くて、

考えれば考えるほど、全てマイナス思考につながり、

だから前向きなパワーが全く湧き出ず、

実にブルーな数ヶ月を送ってきた。



100%承知の上にやっていことだけど、

そして100%好きだからやっていることだけど、

私がフラメンコを続ける事が、

世の中の、何の、誰の役に立っているんだろう、、、

これからも続ける意味はあるのか?を考えると

とっても大きな壁が、どど~んと目の前に立ちふさがり、

考えても考えても明確な答えが見えないから、

この大きな壁を乗り越えることができない。



てな状態が、最近まで続き、

いやいやそれじゃあいけない、という自分が、

ようやく少し立ち上がって来てくれて、

そのパーセンテージがちょっとずつ大きくなって、

今はとにかく、もう少し続けなきゃ、と

やっと一歩を踏み出せる気持ちが出てきた。

だから、また⤵⤵⤵となって、考え込まないように、

こうしてここで文章にして、自分に言い聞かせているところだ。



そして自分でお尻を叩き続けられるように、

今年の10月27日(金)に(申し込みが遅かったから平日なんだけど)

劇場でのリサイタルをすることに決めた。

今回も、私が得意とする創作作品を、劇場用に創り、

見てくださる方々の心に残る、そしてメッセージが伝わる、

でもフラメンカな作品になるように全力を尽くそうと思う。




これを大きな目標として頑張っていけば、

また心にエンジンがかかって、

しっかりと前に進む自分が出てくるかもしれない。

自分が、確実に世の中の何かの役に立てるよう、

誰かの背中を押してあげられるように、

まずは自分がしっかりしなくちゃ。

さぁ、気持ちの切り替えをしよう。

前を向いて、今をしっかり踏み固めれば

また明日は、明日の風が吹き、

それによって、明後日の自分が見えてくる。


                           5月11日















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# by amicielo33 | 2017-05-11 15:35  

  こういう事も知ってください

春満開。

桜のつぼみが微妙に開ききらずに、なかなか満開にならなかったけれど

やっとこさ、この近辺の桜すべてが満開を終えつつある。

桜が満開になる度に、亡くなった両親と満開の桜との思い出がよみがえる。

美しいけれど、なんとも言えない寂しさに包まれる。



そしてもう一つ。

スタジオの近くの蚕糸の森公園の満開の桜を見に、

今年も一緒にいてあげられなかった、と思う生徒がいる。

一緒に見れなくなって、もう4年目になる。

その生徒がとても重い心の病を患って、もう4年目になる。



私にフラメンコを習いに来てくれるために、遠い北海道から引っ越して、

そして関東で仕事も見つけ、

フラメンコと仕事で、夢にあふれた ”これから” が始まろうとしていた。

そんな彼女に、突然の仕事場での不幸な出来事が襲い、

その出来事が引き金となって、

彼女の心の奥底で、一生封印していたかった、人生で一番辛い地獄の記憶が

彼女の存在全てを一挙に飲み込んでしまった。

その日から今なお、彼女は壮絶な心の病と闘い続けている。




人生で一番辛い地獄の記憶。。。

最近になって、社会的に恐ろしいほど増加している問題。

「両親による子供への虐待」。

虐待の方法は様々ある。

殴る、蹴る、罵倒する、子供の人格を無視する。。。

どれもこれも、抵抗出来ない無実の小さな子供に対して、

それも血のつながった我が子に対して、

親の気分次第で容赦なく子供の心と身体を叩きのめす。




その生徒も、父親の激しい暴力から母親と逃げ、

でも母親からも見放され、無視され、

幼稚園の頃からご飯さえも作ってもらえず、

いつも家には誰もいなくて、

机の上にコンビニのパンが1個置いてあるのを、毎日一人でかじるだけ。

幼少の頃から、母親から温かい言葉ひとつもかけてもらえず、

会話も、日常の挨拶すらも全くなく、完全に無視。

学校の全ての行事も、卒業式ですら、全て完全無視。

そんな辛い思いをしていても、虐待を受けている子供達は、

何とかお母さんに愛してもらいたくて、

何とかお母さんの目を自分に向けてもらいたくて、

小さい子供ながらも、必死に親の気持ちを気遣って、

家の外では、そんな親をかばって、家での出来事を決して誰にも言わず、

自分のせいで親をますます怒らせてはいけないと、

親に対してひたすら 「ごめんなさい!」 と謝り続ける。




その生徒は高校を卒業するまで母親の虐待を受け続け、

奨学金をもらって遠い北海道の大学に逃げた。

こうしてやっと自分の力で母親から逃げ、

これから自分の力で新しい人生を始めるために、

全ての地獄の記憶を心に封印したのだ。

しかし、あまりにも不運な出来事にその封印が開けられ、

新たな地獄が始まったのだ。




『なぜ、親は自分を愛してくれなかったのか』

この返答と説明をしてもらいたくて、虐待をうけた子供たちは

大きくなってから激しく苦しみ続ける。

それは、虐待をした親から絶対に答えをもらえないからだ。

虐待をした親は、自分が悪いとは決して思っていない場合が非常に多い。

自覚がないので、「そんな酷い事を我が子にするわけない!」と平気で言う。

中には、申し訳ないとは頭の隅で思いながらも、

思考とは関係なく、暴力を抑えられないという場合も多い。




「私を思い切り愛してくれる ”お母さん” がほしい」

彼女はこの言葉を咽の奥で振り絞りながら、嗚咽する。

繰り返すリストカット。

もちろん自分ではリストカットしてはいけないのはわかっているけれど、

自分の肉体を切っている痛みを感じる方が、

心の痛みを耐えるより救われる、と言う。

リストカットする生徒は、血の流れる自分の腕の写真を撮って、

無意識にその写真を私に送ってくれる。(同じ問題を抱えた別の生徒も同じだった)

突然送られてくる、血の流れた写真を見た瞬間、

痛烈に感じるメッセージを感じる。

「私の存在を認めて!」 と。

切る事の痛みで、心の痛みを抑えると言うけれど、

親に対して、自分という存在があって、それを世の中で一番大事な親に

しっかりと認めて、受け止めてもらいたいという気持ちを

心の底でもがきながら必死に叫んでいるような気がしてたまらない。




その生徒も、澄み切った、薄いガラスのような、繊細で美しい心を持っている。

いつも人に気を遣い、誰よりも人に対して心配りを絶やさず、

病に陥るまでは、まるで太陽に向いているヒマワリのような明るい性格だった。

それなのに、封印されていた地獄が蘇ってから今日までの4年間、

過去と同じ、いや、それ以上の、生と死の狭間でどれほど苦しんでいるか。

今まで何ひとつ悪い事なんかしていないのに。

誰よりも、今まで死ぬほど頑張って生きてきているのに。




このブログを読んでくださった人に、

このような現実が、周りにたくさん起きていることを知ってもらいたい。

親の虐待により、小さな子供ながらも、

普通の人には想像を絶するほどの恐怖と苦悩の年月を過ごし、

どんなに幼少でも誰にも守られず、誰にも救われず、

親から愛されない自分の運命を悩み苦しみ続け

しかし、少しずつ大人になるにつれて、この地獄を決して思い出さないように

心の中に封印している人が、実に多くいることを。




我が子がケンカして泣いたり、いじめられたり、何かの問題を抱えて悩んでいても、

子供の立場からしたら辛くてたまらない事だけど、

それを全力で心配して、全力で助けてくれる 『親の愛情』 があるという事は、

当たり前の事のようだけど、

子供にとって、どれほど幸せで、どれほど恵まれている事なのか

改めて気が付かされる。



その生徒の、全ての心を私は理解してあげられないし、救ってあげられない。

彼女に声を出す力と気力がある時にだけ、

話を聞いてあげて、心に寄り添うだけだ。

それでも彼女は、確実に、自ら立ち上がろうと

全力を尽くして、一瞬一瞬と闘っている。



彼女には言えない言葉だし、他の言葉では思い付かないけれど、


  絶対に生きていて!!! がんばって!!!


                         4月11日
























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# by amicielo33 | 2017-04-11 18:54  

   マルワのコンクール審査

1ヶ月続いた大型台風のような小松原庸子先生の舞台も無事終わり、

その直後、税理士さんに大量の領収書を提出して確定申告も無事終わった。

バンザイ!!!

というところで、今年のマルワのコンクールについて書こうと思う。



今年もこのコンクールの審査員をやらせていただき、

多くの素晴らしい踊り手たちの ”一曲入魂” の踊りを、拝見そして審査させていただいた。

決選のレベルは高く、技術的にほぼ全員が高い技術力を持っていた。

しかし、今年の審査ほど、審査員全員で頭をかかえたことはなかった。

本当に素晴らしく踊った踊り手たちの中で、

「絶対にこの人が優勝!」という、抜きん出た印象の人がなく

全員で出した採点結果を見ても納得がいかず、なかなか全員一致にならない。

なので何度も何度も話し合い、そうしてようやく結果を出したのだ。



ここで多くの人から「審査する内容はどんなことですか?」とよく聞かれるので、

この機会に書きたいと思う。



フラメンコ舞踊のコンクールでも、大きく分けて技術点と芸術点の大きな二つの枠で採点する。

まず「技術点」についてだけど、

正確で安定した身体の軸、足さばき、サパテアードの音質、

コンパスの乗り、曲のセンティードを捉えたマルカールになっているか、

ブラソの使い方の美しさ、回転の軸の安定性など、

多くの技術が訓練されているかをしっかりと見る。

緊張や癖で、肩が上がったり、肩と背中周りにガチガチに力が入ってしまうのは

つい無意識にやってしまう事なので気を付けた方がいい。

要するに、技術の完成度というところを徹底的に見る。



次に「芸術点」。

芸術点だからといって、顔の表情や華やかな印象だけを採点するのではない。

フラメンコの曲をどれだけ理解し、それを表現できているかは非常に大きな採点のところ。

バックに素晴らしい歌い手やギタリストを準備して、

ウルトラ級の技術力で踊ったとしても、

歌い手やギタリストが演じている感覚と内容を

踊り手が受け止めて、共感、同感していない表現になるのは、

カンテを聞いていない、カンテを理解していない、その曲そのものの理解が足りないが故。

実に大きな減点対象となる。



それとこれは技術点にも共通することだけど、審査項目の中で重要視することは、

舞台空間(床の広さだけの問題ではなく、劇場の縦・横・斜め・奥の空間)

をちゃんと使いこなせているかの身体的技術と、踊りの振付けと構成だ。

例えば、タブラオ用の踊りを、そのまま舞台で踊ったらマイナス面が多く出る事がある。

小さな場所では良くても、大きな舞台となると「空間」に存在が喰われてしまうからだ。

大きな舞台をこなせる踊り手は、かなりの舞踊基礎訓練を積んだ人たちだ。

そして日頃から、舞台芸術に関しての意識や知識が高い人も、

舞台に立った時に、自然とそれが出て、舞台空間を支配できるのだ。

こうしてこの大きな舞台空間の中で、後部座席の客席にまで、

技術だけでなく、心を打つほどのフラメンコへの深い表現を伝えられたら、

絶対に全員の審査員とお客さんの印象に強く残る、素晴らしい踊り手であると言える。



その他の採点の箇所を挙げると、、、、

舞台に立った時の、踊り手としての品性や存在感があるか、

衣装の質や趣味、品性、着こなしの良さなども大事だ。

もちろん髪の毛のまとめ方や、花やペイネタの付け具合なども見る。



そういえば、、、今思い出したけど、今回の予選で非常に多かったのが、

「顔で踊る」人がとても多かったこと。(決選でもいた)

これは徹底的にマイナスにつながる。

だって印象がとてもイヤらしくなってしまうんだもの。

表現は、身体と音で表すもので、それにリンクして顔の表情が自然に伴わなくてはいけない。



それと、これはとても専門的な見方になってしまうのだけど、

曲に、自分の想いを込めるのは素晴らしい事なんだけど、

込め過ぎる踊りは、結果として、その踊り手の気持ちだけが全面的に前に出てしまい、

踊っている曲が陰になってしまうので気を付けた方がいいと思う。

たとえば、一番難しいジャンルの、ソレアやシギリージャなどは、

演じたその人の人生観がにじみ出てくるものだけど、

それは、「ソレア」「シギリージャ」が主役であるのであって、

その人の想いや人生を、ソレアやシギリージャという手段を使って

表現するものになってはいけないと思う。

〇〇さんはスゴイ踊りだ、というのはもちろん素晴らしい褒め言葉だけど、

それは、”踊る技術や気迫” がスゴイのであって、

フラメンコをやっている人にとって最高の褒め言葉は、

「〇〇さんは本当にいいソレアを踊る」

「〇〇さんのシギリージャは、正にシギリージャだ」

など、フラメンコが一番の主役にならなくてはいけないと思う。

この点に関しては、日本のフラメンコ界は、踊りが中心となって成り立っていて

本当の意味で、スペインのフラメンコ=カンテ が日本の人たちに

ほとんど理解されていないので、どうしてもフラメンコの良し悪しの基準は、

”踊りの技術面” だけで判断してしまう結果となってしまうのだ。

確かに日本のフラメンコ舞踊のレベルは驚異的に上がったけれど、

原点であるスペインのフラメンコと根柢の部分でレベルが同じになれないのは、

スペインのカンテに対する愛好者や理解者が日本にはあまりにも少ないからだと思う。




最後に、マルワのコンクールが素晴らしいと思うのは、

優勝者を決める、正式なフラメンコ舞踊コンクールで、

優勝と準優勝した人には、これまで頑張った分の賞金と、

スペインで勉強しなさいという大きな後押しをしてくれることだ。

マルワのコンクールで優勝する事は、フラメンコのプロになる ”出発点” 

という捉え方なので、私はそこに心からの敬意を払っていて、

こんな私でも、微力ながら協力させていただきたいと思うのだ。



マルワ財団の方々は、このコンクールの質を高めるために

毎回毎回(表からはわからないけれど)色々な論議を繰り返していらっしゃる。

誰もが、このコンクールに挑戦できるように門戸を開き、

たくさんの応募者の中から、どうやって優れた優勝者を選び出せるか、

審査をする過程、方法、内容などを繰り返し話し合い、

そして血と汗と努力で勝ち得た、優勝、準優勝の踊り手たちが、

今後少しでも成長できるように、どのような機会を準備してあげられるかなど

様々な工夫や話し合いを繰り返ししていらっしゃるのだ。



長く難しく書いてしまったけど、

これが、私の目から見たマルワのフラメンコ舞踊コンクールだ。

踊る人も命がけ、審査する方もそれを全身で受け止めて

全神経集中で審査するので、本当に疲労困憊になってしまう。

しかし、コンクールに懸けて踊っている人たちは、実にけなげで美しい。

              
                         3月15日






















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# by amicielo33 | 2017-03-15 23:31