こういう事も知ってください

春満開。

桜のつぼみが微妙に開ききらずに、なかなか満開にならなかったけれど

やっとこさ、この近辺の桜すべてが満開を終えつつある。

桜が満開になる度に、亡くなった両親と満開の桜との思い出がよみがえる。

美しいけれど、なんとも言えない寂しさに包まれる。



そしてもう一つ。

スタジオの近くの蚕糸の森公園の満開の桜を見に、

今年も一緒にいてあげられなかった、と思う生徒がいる。

一緒に見れなくなって、もう4年目になる。

その生徒がとても重い心の病を患って、もう4年目になる。



私にフラメンコを習いに来てくれるために、遠い北海道から引っ越して、

そして関東で仕事も見つけ、

フラメンコと仕事で、夢にあふれた ”これから” が始まろうとしていた。

そんな彼女に、突然の仕事場での不幸な出来事が襲い、

その出来事が引き金となって、

彼女の心の奥底で、一生封印していたかった、人生で一番辛い地獄の記憶が

彼女の存在全てを一挙に飲み込んでしまった。

その日から今なお、彼女は壮絶な心の病と闘い続けている。




人生で一番辛い地獄の記憶。。。

最近になって、社会的に恐ろしいほど増加している問題。

「両親による子供への虐待」。

虐待の方法は様々ある。

殴る、蹴る、罵倒する、子供の人格を無視する。。。

どれもこれも、抵抗出来ない無実の小さな子供に対して、

それも血のつながった我が子に対して、

親の気分次第で容赦なく子供の心と身体を叩きのめす。




その生徒も、父親の激しい暴力から母親と逃げ、

でも母親からも見放され、無視され、

幼稚園の頃からご飯さえも作ってもらえず、

いつも家には誰もいなくて、

机の上にコンビニのパンが1個置いてあるのを、毎日一人でかじるだけ。

幼少の頃から、母親から温かい言葉ひとつもかけてもらえず、

会話も、日常の挨拶すらも全くなく、完全に無視。

学校の全ての行事も、卒業式ですら、全て完全無視。

そんな辛い思いをしていても、虐待を受けている子供達は、

何とかお母さんに愛してもらいたくて、

何とかお母さんの目を自分に向けてもらいたくて、

小さい子供ながらも、必死に親の気持ちを気遣って、

家の外では、そんな親をかばって、家での出来事を決して誰にも言わず、

自分のせいで親をますます怒らせてはいけないと、

親に対してひたすら 「ごめんなさい!」 と謝り続ける。




その生徒は高校を卒業するまで母親の虐待を受け続け、

奨学金をもらって遠い北海道の大学に逃げた。

こうしてやっと自分の力で母親から逃げ、

これから自分の力で新しい人生を始めるために、

全ての地獄の記憶を心に封印したのだ。

しかし、あまりにも不運な出来事にその封印が開けられ、

新たな地獄が始まったのだ。




『なぜ、親は自分を愛してくれなかったのか』

この返答と説明をしてもらいたくて、虐待をうけた子供たちは

大きくなってから激しく苦しみ続ける。

それは、虐待をした親から絶対に答えをもらえないからだ。

虐待をした親は、自分が悪いとは決して思っていない場合が非常に多い。

自覚がないので、「そんな酷い事を我が子にするわけない!」と平気で言う。

中には、申し訳ないとは頭の隅で思いながらも、

思考とは関係なく、暴力を抑えられないという場合も多い。




「私を思い切り愛してくれる ”お母さん” がほしい」

彼女はこの言葉を咽の奥で振り絞りながら、嗚咽する。

繰り返すリストカット。

もちろん自分ではリストカットしてはいけないのはわかっているけれど、

自分の肉体を切っている痛みを感じる方が、

心の痛みを耐えるより救われる、と言う。

リストカットする生徒は、血の流れる自分の腕の写真を撮って、

無意識にその写真を私に送ってくれる。(同じ問題を抱えた別の生徒も同じだった)

突然送られてくる、血の流れた写真を見た瞬間、

痛烈に感じるメッセージを感じる。

「私の存在を認めて!」 と。

切る事の痛みで、心の痛みを抑えると言うけれど、

親に対して、自分という存在があって、それを世の中で一番大事な親に

しっかりと認めて、受け止めてもらいたいという気持ちを

心の底でもがきながら必死に叫んでいるような気がしてたまらない。




その生徒も、澄み切った、薄いガラスのような、繊細で美しい心を持っている。

いつも人に気を遣い、誰よりも人に対して心配りを絶やさず、

病に陥るまでは、まるで太陽に向いているヒマワリのような明るい性格だった。

それなのに、封印されていた地獄が蘇ってから今日までの4年間、

過去と同じ、いや、それ以上の、生と死の狭間でどれほど苦しんでいるか。

今まで何ひとつ悪い事なんかしていないのに。

誰よりも、今まで死ぬほど頑張って生きてきているのに。




このブログを読んでくださった人に、

このような現実が、周りにたくさん起きていることを知ってもらいたい。

親の虐待により、小さな子供ながらも、

普通の人には想像を絶するほどの恐怖と苦悩の年月を過ごし、

どんなに幼少でも誰にも守られず、誰にも救われず、

親から愛されない自分の運命を悩み苦しみ続け

しかし、少しずつ大人になるにつれて、この地獄を決して思い出さないように

心の中に封印している人が、実に多くいることを。




我が子がケンカして泣いたり、いじめられたり、何かの問題を抱えて悩んでいても、

子供の立場からしたら辛くてたまらない事だけど、

それを全力で心配して、全力で助けてくれる 『親の愛情』 があるという事は、

当たり前の事のようだけど、

子供にとって、どれほど幸せで、どれほど恵まれている事なのか

改めて気が付かされる。



その生徒の、全ての心を私は理解してあげられないし、救ってあげられない。

彼女に声を出す力と気力がある時にだけ、

話を聞いてあげて、心に寄り添うだけだ。

それでも彼女は、確実に、自ら立ち上がろうと

全力を尽くして、一瞬一瞬と闘っている。



彼女には言えない言葉だし、他の言葉では思い付かないけれど、


  絶対に生きていて!!! がんばって!!!


                         4月11日
























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# by amicielo33 | 2017-04-11 18:54  

   マルワのコンクール審査

1ヶ月続いた大型台風のような小松原庸子先生の舞台も無事終わり、

その直後、税理士さんに大量の領収書を提出して確定申告も無事終わった。

バンザイ!!!

というところで、今年のマルワのコンクールについて書こうと思う。



今年もこのコンクールの審査員をやらせていただき、

多くの素晴らしい踊り手たちの ”一曲入魂” の踊りを、拝見そして審査させていただいた。

決選のレベルは高く、技術的にほぼ全員が高い技術力を持っていた。

しかし、今年の審査ほど、審査員全員で頭をかかえたことはなかった。

本当に素晴らしく踊った踊り手たちの中で、

「絶対にこの人が優勝!」という、抜きん出た印象の人がなく

全員で出した採点結果を見ても納得がいかず、なかなか全員一致にならない。

なので何度も何度も話し合い、そうしてようやく結果を出したのだ。



ここで多くの人から「審査する内容はどんなことですか?」とよく聞かれるので、

この機会に書きたいと思う。



フラメンコ舞踊のコンクールでも、大きく分けて技術点と芸術点の大きな二つの枠で採点する。

まず「技術点」についてだけど、

正確で安定した身体の軸、足さばき、サパテアードの音質、

コンパスの乗り、曲のセンティードを捉えたマルカールになっているか、

ブラソの使い方の美しさ、回転の軸の安定性など、

多くの技術が訓練されているかをしっかりと見る。

緊張や癖で、肩が上がったり、肩と背中周りにガチガチに力が入ってしまうのは

つい無意識にやってしまう事なので気を付けた方がいい。

要するに、技術の完成度というところを徹底的に見る。



次に「芸術点」。

芸術点だからといって、顔の表情や華やかな印象だけを採点するのではない。

フラメンコの曲をどれだけ理解し、それを表現できているかは非常に大きな採点のところ。

バックに素晴らしい歌い手やギタリストを準備して、

ウルトラ級の技術力で踊ったとしても、

歌い手やギタリストが演じている感覚と内容を

踊り手が受け止めて、共感、同感していない表現になるのは、

カンテを聞いていない、カンテを理解していない、その曲そのものの理解が足りないが故。

実に大きな減点対象となる。



それとこれは技術点にも共通することだけど、審査項目の中で重要視することは、

舞台空間(床の広さだけの問題ではなく、劇場の縦・横・斜め・奥の空間)

をちゃんと使いこなせているかの身体的技術と、踊りの振付けと構成だ。

例えば、タブラオ用の踊りを、そのまま舞台で踊ったらマイナス面が多く出る事がある。

小さな場所では良くても、大きな舞台となると「空間」に存在が喰われてしまうからだ。

大きな舞台をこなせる踊り手は、かなりの舞踊基礎訓練を積んだ人たちだ。

そして日頃から、舞台芸術に関しての意識や知識が高い人も、

舞台に立った時に、自然とそれが出て、舞台空間を支配できるのだ。

こうしてこの大きな舞台空間の中で、後部座席の客席にまで、

技術だけでなく、心を打つほどのフラメンコへの深い表現を伝えられたら、

絶対に全員の審査員とお客さんの印象に強く残る、素晴らしい踊り手であると言える。



その他の採点の箇所を挙げると、、、、

舞台に立った時の、踊り手としての品性や存在感があるか、

衣装の質や趣味、品性、着こなしの良さなども大事だ。

もちろん髪の毛のまとめ方や、花やペイネタの付け具合なども見る。



そういえば、、、今思い出したけど、今回の予選で非常に多かったのが、

「顔で踊る」人がとても多かったこと。(決選でもいた)

これは徹底的にマイナスにつながる。

だって印象がとてもイヤらしくなってしまうんだもの。

表現は、身体と音で表すもので、それにリンクして顔の表情が自然に伴わなくてはいけない。



それと、これはとても専門的な見方になってしまうのだけど、

曲に、自分の想いを込めるのは素晴らしい事なんだけど、

込め過ぎる踊りは、結果として、その踊り手の気持ちだけが全面的に前に出てしまい、

踊っている曲が陰になってしまうので気を付けた方がいいと思う。

たとえば、一番難しいジャンルの、ソレアやシギリージャなどは、

演じたその人の人生観がにじみ出てくるものだけど、

それは、「ソレア」「シギリージャ」が主役であるのであって、

その人の想いや人生を、ソレアやシギリージャという手段を使って

表現するものになってはいけないと思う。

〇〇さんはスゴイ踊りだ、というのはもちろん素晴らしい褒め言葉だけど、

それは、”踊る技術や気迫” がスゴイのであって、

フラメンコをやっている人にとって最高の褒め言葉は、

「〇〇さんは本当にいいソレアを踊る」

「〇〇さんのシギリージャは、正にシギリージャだ」

など、フラメンコが一番の主役にならなくてはいけないと思う。

この点に関しては、日本のフラメンコ界は、踊りが中心となって成り立っていて

本当の意味で、スペインのフラメンコ=カンテ が日本の人たちに

ほとんど理解されていないので、どうしてもフラメンコの良し悪しの基準は、

”踊りの技術面” だけで判断してしまう結果となってしまうのだ。

確かに日本のフラメンコ舞踊のレベルは驚異的に上がったけれど、

原点であるスペインのフラメンコと根柢の部分でレベルが同じになれないのは、

スペインのカンテに対する愛好者や理解者が日本にはあまりにも少ないからだと思う。




最後に、マルワのコンクールが素晴らしいと思うのは、

優勝者を決める、正式なフラメンコ舞踊コンクールで、

優勝と準優勝した人には、これまで頑張った分の賞金と、

スペインで勉強しなさいという大きな後押しをしてくれることだ。

マルワのコンクールで優勝する事は、フラメンコのプロになる ”出発点” 

という捉え方なので、私はそこに心からの敬意を払っていて、

こんな私でも、微力ながら協力させていただきたいと思うのだ。



マルワ財団の方々は、このコンクールの質を高めるために

毎回毎回(表からはわからないけれど)色々な論議を繰り返していらっしゃる。

誰もが、このコンクールに挑戦できるように門戸を開き、

たくさんの応募者の中から、どうやって優れた優勝者を選び出せるか、

審査をする過程、方法、内容などを繰り返し話し合い、

そして血と汗と努力で勝ち得た、優勝、準優勝の踊り手たちが、

今後少しでも成長できるように、どのような機会を準備してあげられるかなど

様々な工夫や話し合いを繰り返ししていらっしゃるのだ。



長く難しく書いてしまったけど、

これが、私の目から見たマルワのフラメンコ舞踊コンクールだ。

踊る人も命がけ、審査する方もそれを全身で受け止めて

全神経集中で審査するので、本当に疲労困憊になってしまう。

しかし、コンクールに懸けて踊っている人たちは、実にけなげで美しい。

              
                         3月15日






















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# by amicielo33 | 2017-03-15 23:31  

   忘れられない凄いコンパス

もう本当に大昔の事なんだけど、

私がセビージャ在住真っ最中の1992年に、セビリアで世界万博が開催された。

あの小さな町で、あの世界万博が開催されるとなると、

セビージャの、チビッ子からジジババまで世界万博で盛り上がりまくり、

特に夏場は、夜の10時くらいから明け方4時くらいまで、

地獄の暑さが一機に下がるので最高に気持ちイイ時間帯なのだ。

だから、ほとんどのセビージャの人はフリーパスを購入し、

毎夜、万博に足を運んで、夕涼みを楽しみ、

私なぞは、毎夜開催されていた最高のフラメンコショーに入り浸っていた。



それで、なぜか幸運にも、

私と男性舞踊手の松本良くんとで、日本パビリオンとアンダルシアパビリオンで

踊らせてもらうことになり、

今、考えるだけでも恐れ多く、よくまぁあんなスゴイ人たちにバックをお願いしたと

冷汗が出てしまうほどの、すごい方達の伴奏で踊らせていただいたのだ。



今の時代のフラメンコ研究生たちは知らないと思うけど、

昨年12月に亡くなった、あの偉大なギタリストの「Ramón・Amador」

そしてもう一人の、”どフラメンコのギタリスト”「Carlos・Heredia」(2001年没)

歌い手に、スペインのトップの踊り手たちのバックを務めていた「Juan・José・Amador」

そして、唯一のスペイン人で、大ベテランの歌い手「Juan・Reina」

この、恐ろしき4人のアーティスト達に、ヒヨッコだった私達の伴奏をしてもらったのだ。


アンダルシアパビリオンの控室にて
左:ラモン・アマドール、中央:カルロス・エレディア 右:ホァン・レイナ
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中央:私と松本良君
 













 
若い!歌い手の
ホァン・ホセ・アマドール








(これから言う事、エラそうな言い方に聞こえたら本当にごめんなさい!
でもエラそうに言ってるのではなく、経験談です!)

今日まで、素晴らしい実力のあるスペイン人のアーティストの方々に

伴奏して踊らせてもらえた経験を、数えきれないほどしてきたけど、

あの万博で味わった、「これぞ、筋金入りの本物のコンパス!」という感覚は、

今までで一度だけの経験なのだ。



このコンパス感って、

直径10mくらいの、巨大で、とても分厚くて丸みのある、

黒い鉄で出来た「鉢(はち)」のようなものを、

この4人が、四方から体感で完璧に支え続け、

その鉢の中では、丸くて、心地よく弾み続けながらも、

絶対に、絶対に、絶対に、狂うことのない

恐れ入るほどの安定感のある、深いフラメンコのコンパスが

4人から放出され続ける、、、そんな感じ。



なので、踊り側の感想としては、一言。

踊っていて「楽ちん~~~~!!!」なのだ。

全員の両手の中で、完全に安心してお任せて踊らせてもらえる。

こちらが全力を出したら、彼らがさらに何十倍もの強さで

盛り上げ、そして絶対なる安定のコンパスで、

ガッツリと頂点に一緒に行ってくれるので、

ホント、踊る側としては最高に気持ちよく、こんなにありがたい事はないと思った。



今の時代の若いアーティストの演ずるものは ←ババア的発言

とにかく音数が多く高度な技術が満載なので

昔のようにシンプルな、独特の安定感と威厳ある深いコンパスで

歌、ギター演奏、パルマをするアーティスト達が少なくなっている気がする。




このようなバックは、ありがたいことにYouTubeなどで昔の資料が山ほどあり

いつでも見られるので、ぜひ見て聞いていただきたい。

いきなりカンテの人を言っても、フラメンコ研究生の人達は

全くわからないと思うので、

1980~2000年の女性の踊り手で、(私が今、この場で思い付く人たち)

Concha Vargas, Manuela Carrasco, Carmen Ledesma, La Farruca、etc

この彼女たちのバックで必ずガッチリコンパスを支えている

Curro Fernandez, El Boquerón, Enrique El Extremeño, El Bobote, Juan José Amador,

Ramón Amador, Joaquín Amador, El Moreno,

などなど(まだもちろんもっと他にいるけど)、

あんな凄いコンパスの中で、再び踊らせてもらえることが出来たら、

さぞや幸せだろう、、、、と、よく思う。



あんな昔だけど、万博で味わった、あの深くて、絶対なるコンパス感を絶対に忘れない。

録音も、映像記録も一切残っていないけど、

体感ではしっかりと、受け身の立場として覚えている。

もちろん、自分ではそんな大それたコンパスなんぞ、発することは出来ない。

でも、ずっとスペインの昔のいいカンテやバイレに触れていたら、

ちょび~っとだけは近づけるかもしれない。

とにかく、「昔のスペインのフラメンコを絶えず意識する」ことが大事なのだ。

さぁ、ここでも「原点に戻って」!

しつこく言うけど、、、

やっぱり、昔のフラメンコ、たまらなくイイなぁ。


                           1月15日






















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# by amicielo33 | 2017-01-15 19:43  

   原点に戻って

3日前の1月6日に、タブラオ・エスペランサで毎年行われる、

恒例の新春ライブの初日が終わった。

この新春ライブには、まだ私がスペイン在住の頃、

スペインと日本を行ったり来たりしていた時代の

2003年から毎年欠かさず出演させていただくようになって、

数えたら、、、今年で15年目!になるではないか!

今、指で数えて、エッ!と叫び、ジワッ!と冷汗が出た。

15年なんて、、、0歳の子が15歳になることで、

アタシ、すごいババアになってるじゃん。




実は、昨年から自分に対して、強い反省点と同時に、ハッキリした目標を持っている。

それは、「フラメンコの原点への回帰」。

いつも、舞台で踊り終わった後に自分に痛烈に感じる、

「フラメンコと自分の距離」。

スペインのフラメンコに直接触れるチャンスから遠ざかっている日本の生活で、

自分に足りないもの、そして、自分に必要なもの、

これらと向かい合って、それを解決するために何をすべきか、

ずっとずっと考えていた。



そして、今のバイレフラメンコの流行で、「最高技術満載の踊り」が称賛される中、

それらに全くフラメンコを感じない自分は、

何を自分の軸として、ブレずに、フラメンコを踊りで表現できるのか、

これについても、ずっとずっと考えていた。



そこで、ハッとさせられ、カッと身体が熱くなる、

そんな感覚を甦らせてくれたのが、

「フラメンコの原点に戻ること」だった。



私がセビージャに住んでいた頃は、まさにフラメンコの黄金期で、

スペインのアーティスト達から発するフラメンコは、

混じりけのない、純100%の純金の塊り、

飾り気なしの真っ向勝負、

そして屋久杉のような、誇りと威厳に満ちて

大地から堂々と生えている太い幹のような、

そんな、濃くて深くて強いフラメンコだった。



それを、目の当たりに見て、聞いて、

どれほどの激しい感動をもらえたことか。

自分にとって、一生の、最高の宝物。

その宝物を、決して忘れてはいけない。

あの時代の、あのフラメンコの感動を、決して忘れてはいけない。

そこに戻って、本気で取り組まなくては!

と、強く、強く思うようになっていったのだ。




そしてちょうど、新しい踊りも作らなくてはいけない時期だったので、

その初披露として、新春ライブにタイミングを合わせて、

昨年の10月から「タラント」を作り始めた。

私の一番の好きな踊りがシギリージャ。

その次がソレア。

この二つだけで十分幸せなんだけど、2拍子系を持っていないのも恥なので、

2拍子で重みのある、タラントにしたのだ。




このタラント作りには、ほんと~~~~に時間をかけた。

一つ一つの動きや音に、

これはタラントにふさわしいかどうか、を考えて考えて考えまくり、

踊りの流れも、これでいいのか悩みまくり、

タンゴになってからも、タラントの中でのタンゴになっているのか、

考えまくり、悩みまくり、

結局、12月末までの3ヶ月もかかって、ようやく作り上げた。



私は、創作が始まると、日々、他に何も手がつけられない状態になり、

クラスの仕事と食事と睡眠以外の時間は、

土日も一切なく、ほぼ全て、創作の時間になってしまう。

スタジオにずっとこもって、ずっとアレコレ考え、悩みまくっても

全く苦とも思わず、永遠と、創作に没頭する。

自分で、これは一種の病気なんだな、と自分で思ってしまう。



こうして、ほぼ95%、自分で納得できるタラントが出来上がった。

自分では納得していても、

でもこれが、第三者の目と耳で、原点に近いタラントになっているかはわからない。

とにかく、このタラントを今年は、舞台でしっかりと踊り込んでいこうと思う。

まずは、新春ライブ。

21日と22日が残っている。

ありがたいことに、既に満席・立ち見とのこと。

3月には小松原庸子先生の舞台でも踊らせていただける予定だ。

お客さんに、タラントを感じていただけるように、

全身全霊で踊ろうと思う。



人生の宝物である、「スペインで得た原点のフラメンコ」に

常に目を向けて、

今年も頑張ろうと思う。


                           1月9日

















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# by amicielo33 | 2017-01-09 17:39  

     新年あけましておめでとうございます

ずっとブログを書けずに、新年を迎えてしまいました。


   新年明けましておめでとうございます。


決して、ブログを放置しているわけではなく、

書きたい、書きたい、と思いながら、どうしても落ち着いて書く時間がなく、

おまけに Facebookを始めちゃったから、

それに少々振り回され、

なんやかんやで今日に至ってしまいました。


1月6日に、第一弾の新春ライブが終わるので、

それさえ終われば、少し時間が出来るので、

書きたいと思います。

どうぞ本年もよろしくお願いいたします。

今日が仕事始め。

今年も頑張らねば!!!


                      1月4日



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# by amicielo33 | 2017-01-04 21:52